☂15:─1─中国共産党の対日覚醒剤謀略。日本人廃人化計画に協力した日本共党と朝鮮総連。1950年代~No.53No.54No.55 @ 

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   ・   ・   {東山道美濃国・百姓の次男・栗山正博}・  
 中国共産党は、和やかな善人の仮面を被った邪悪な悪人であった。
 それの醜悪な本性を知りながら中国共産党に協力する反天皇反日的日本人が、少なからず日本国内に存在する。
 彼らは、日本国民日本人であっても、日本民族日本人ではない。
 世界は、日本国民を残して日本民族を消滅させようとしている。
 日本の民族主義は平和を破壊する諸悪の根源として、世界から嫌われている。
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 「周恩来からの贈り物」
 「周恩来のヘロイン」
 過激なマルクス主義者は、日本社会をアヘン・ヘロインを使って崩壊させ、天皇制度を廃絶して暴力的共産主義革命を起こそうとした。
 反天皇反日日本人は、中国共産党の全面支援を得て、大量の日本人を殺し、日本列島を日本人の流血で洗い流し、洗脳した人民による日本支配を実現しようとしていた。
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 日本の最大の問題は、中国人ではなく、韓国人でも朝鮮人でもなく、ロシア人でもない。
 日本が最も憂慮すべき相手は、日本人である。
 日本は全ての情報が概ね制限なく知る事が出来る以上、歴史が好きであるというのであればなおさら知っているはずなのに、歴史的事実をないものとして無視している日本人が多く存在している。
 日本が最も警戒して気を付ける相手は、自分に都合の悪い歴史を闇に葬り去り、素知らぬ顔で公共の場に出て知ったかぶりで説明をしている日本人である。
 そうした日本人ほど、怖い日本人はいない。、
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 芥子は、西アジアや東南アジアに自生する越年草である。
 未熟な芥子の実を傷付けて分泌する乳液を採取して乾燥させた物が、阿片である。
 中国には、7世紀頃に伝わり、戦場で兵士に使われた。
 日本には、室町時代に観賞用としてオニゲンやヒナゲシなどがもたらされた。
 中国は、昔から阿片の一大生産地であり、禁止される事なく、軍隊や犯罪的秘密結社の間で当たり前の様に売買され使用されていた。
 イギリスは、対中貿易赤字を解消する目的で、交易の代金代わりにインド産の阿片を大量に持ち込んだ売りさばき、上海で安価な阿片が出回って価格の値崩れが起きた。
 清国は、阿片の値崩れと阿片中毒者の窮状を解消する為に、1839年に阿片禁止令を出し、輸入阿片を取り締まる為に林則徐を総督として広州に派遣した
 林則徐は、1840年に阿片禁輸措置をとり、イギリス商館長チャールズ・エリオットを逮捕し、インド産阿片2万箱を没収し処分した。
 イギリスは、国内の開戦反対派を退け、1840年に開戦を決定した。
 アヘン戦争である。
 だが。中国の奥地で、農作物が取れない貧しい山岳地域や草原地帯では昔から阿片が栽培され、地元の有力者や犯罪的秘密結社の重要な資金源となっていた。
 西洋では、キリスト教倫理から、絶対神愛する人間(白人)を堕落させ廃人にする阿片に対する罪悪感は存在し、公然と阿片を売買し流通させる事を禁止していた。
 中国の歴代王朝は、反逆者が阿片を使って貧民・流民などを洗脳して内乱を起こす事を警戒して禁止していた。
 阿片禁止に対する考えは。西洋と中国では根本的に違う。
 中国における阿片の使い方には二通りあって、1,用兵として、戦争に勝利する為に味方の兵士達に適量の阿片を与えて死の恐怖を取り除いてて戦場に送り出す、2,謀略として、敵国・敵陣営に大量の阿片を流し込んで社会崩壊をもたらす。
 中国共産党は、満州地区を軍事制圧するや、日本に対する阿片謀略を本格化して、工作員を日本に潜入させヘロインを密輸して過激派日本共産党反日在日朝鮮人に渡した。
 ヘロインでは警戒されるとしてヒロポンの名で、闇市や路上で売られた。
 敗戦後の日本でヒロポンが広く出回り、ヒロポン中毒が急増した。
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 反天皇共産主義者は、日本に麻薬を密輸し犯罪集団に売って活動資金をえ、日本の治安を悪化させる為に麻薬を蔓延させた。
 共産主義者は、伝統的天皇制度を打倒し共産主義大義を打ち立てるという結果が良ければ、手段を選ばなかった。
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 1942年8月21日 漢口総領事・田中彦蔵は、東京の東郷茂徳外相に、中国共産党陝西省阿片栽培を行っている事を報告した。
 毛沢東は、西安新聞公会で、共産党員の阿片吸入を禁じると発言したが、軍資金の獲得の為に日本軍占領地や親日政権領内での密売を命じていた。
 共産主義者の発言と行動は必ずしも一致しない。
 特に、中国共産党の発言に信用できる点は極僅かでしかなかった。
 軍国日本は、中国共産党の謀略にまんまとはめられ、その甘言に踊らされて滅亡した。
 P・ウラジミロフは、『延安日記』(原題『中国の特別区 1942ー1945』)で、中国共産党の阿片戦略を詳しく報じている。
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 日本軍と中国共産党は、ソ連を通じて友好関係にあり、アヘン売買で協力関係にあった。
 日本軍と中国共産党は、戦争をしてはいなかった。
 日本軍は、連合軍と戦う為に、中国共産党の芥子栽培と精製されたアヘン・ヘロインを満州、天津、上海、南京などのアヘン窟で売買って資金を稼ぐ事を黙認していた。
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 1945年9月 GHQによる洗脳工作。
 民間情報教育局から参謀二部に宛てたWGIP(ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム)文章。
 「日本に与える新聞遵則」(プレスコード)
 30項目の規定。
 ……
 5,アメリカ合衆国への批判。
 6。ロシア(ソ連)への批判。
 7,イギリスへの批判。
 8,朝鮮人への批判。
 9,中国への批判。
 10,その他連合国への批判。
 11、連合国一般への批判(国を特定しなくても)。
 ……
 GHQの徹底した検閲下にあった敗戦国日本には、報道の自由も知る権利もなく、一切の批判を許されていなかった。
 報道検閲を行っていたのは、日本人マルクス主義者であった。
 彼らは、日本を共三主義化する敗戦革命を目指し、人民解放の為にソ連軍の日本進駐を切望していた。
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 日本陸海軍が本土決戦用に隠匿していた覚醒剤ヒロポンが放出されて、敗戦で混乱している全国でヒロポン中毒が蔓延した。
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 1946年 保守派や民族主義者は、天皇を中心とした国體を共産主義者から守ろうとした。
 1月4日 GHQは、日本人共産主義者の助言を得て、保守派や民族主義者など約20万人を軍国主義者・国粋主義者として公職から追放する様に命じた。
 将来、天皇制度を廃絶する為に、その藩屏を皇室の周囲から追放した。
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 1947(〜56)年 ソ連と欧州衛星国9ヶ国は、コミンテルンのような中央集権的強力な指導機関ではない各国共産党間の連絡・情報機関としての国際共産主義運動組織コミンフォルムを設立した。
 11月 ソ連の支配強化を嫌う各国の社会民主主義政党は、コミンフォルムに対抗してロンドンでコミスコ(国際社会主義者会議委員会)を設立した。
 コミスコは、1951年に社会主義インターナショナルの成立と共に解散した。
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 1947年 コミンフォルムは、中国共産党朝鮮労働党に対して日本にアヘン・ヘロインを密輸し、日本を内部から崩壊させる様に命じた。 
 過激派日本共産党と反天皇反日朝鮮人は、アヘン・ヘロインを受け取り日本国内で売りさばいて活動資金にあてていた。
 アメリカ軍情報機関と日本警察は、密輸組織の正体がコミンフォルムで、日本共産党在日朝鮮人が手先となっている事を突き止めていた。
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 反戦平和市民団体や護憲派は、子供達に日本人は軍部に騙されて愚かな侵略戦争を行ったという愚民化教育を行い、日本民族は好戦的な邪悪な民族というイメージを教え、自分で考えないように思考停止に追い遣っている。
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 毛沢東「現状では、阿片も前衛的、革命的な役割を演じ得るし、それを無視するのは誤りだ」
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 中国共産党は、敗戦の混乱で無法地帯化している日本に対して麻薬を輸出し、日本国内の犯罪組織を通じて闇市で売りさばいていた。
 犯罪組織は、旧軍部や医療機関保有していた医薬用麻薬を隠匿物資として略奪して横流し、麻薬が尽きるや密造して粗悪品を売っていた。
 GHQと警視庁は、闇取引されている麻薬の取締を強化して密造所を発見して潰していった。
 犯罪組織は、日本国内での密造を諦め、中国や北朝鮮で製造された麻薬を密輸した。
 GHQと警視庁は、麻薬撲滅の為に強権的な暴力的取締を強めた。
 厚生省統計。1946年〜51年までの麻薬事犯検挙数は年平均2,800人以上で、50年代を通じて中国産・北朝鮮産麻薬密売問題は深刻なものであった。
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 1948年11月10日 大阪市内にある朝鮮人の麻薬密造所が摘発され、粗悪なヘロインやモルヒネが押収された。
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 1949年2月5日 新潟港で、北朝鮮からヘロインを密輸した容疑で漁船共徳丸が摘発された。
 朝鮮人を含む7人が逮捕された。
 10月 毛沢東は、中華人民共和国中国共産党政府)の樹立を宣言した。
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 1950年 島根県海岸・辛の崎で、ヘロイン1,978グラムを密輸しようとした北朝鮮共産主義者と日本人共犯者が逮捕されて押収された。
 同年、斉藤という日本人がヘロイン密輸容疑で逮捕され、その自白で20名の中国人共犯者の名前が判明した。
 1月18日 東京觥文京区で、在日朝鮮人麻薬密輸団が検挙された。
 横浜地検は、川崎市堀川町の在日朝鮮人麻薬団を摘発した。
 6月 GHQは、日本共産党中央委員24名を追放し、機関紙アカハタの発行を停止した。
 6月23日 兵庫県城崎町で、ヘロインを密輸しようとした日本人が逮捕された。
 6月25日 朝鮮戦争勃発。
 左翼勢力が強い大学・学界や産業界では、先に侵略したのは南の韓国だと信じて反戦平和運動や反米反基地運動を行った。
 彼らが、戦争の原因が北朝鮮軍の侵略であった事を受け入れたのは、ソ連崩壊によって機密情報が公開された後であった。
 7月 レッド・パージ。GHQは、官公庁などに勤めている共産主義者を追放した。
 過激派共産党員は、地下に潜り反天皇反日反米活動を続けた。
 9月下旬 警察当局は、日本共産党が資金を稼ぐ為に大量のヘロインを密売をしているという情報を得て、大掛かりな捜査体制を敷いた。
 過激派日本共産党と反天皇反日在日朝鮮人は、人民革命の為に、密かに武装闘争の準備を始めていた。
 10月5日 警察は、銀座や神田でヘロイン約450グラムを密売しようとした日本共産党員を逮捕した。
 さらに、他の日本共産党員宅を家宅捜査し、約650グラムを押収した。
 日本共産党員がヘロイン密売に関与していないと固く信じ切る知識人は、戦前同様のマルクス主義者弾圧であると非難した。
 押収されたヘロイン約1,100グラムは、朝鮮人が元山から日本に密輸した中国産アヘンであった。
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 1951年2月6日 香港から呉港に入港した英海軍空母シーシュース号の中国人乗組員3人が、ヘロイン密輸容疑で逮捕された。
 取り調べの結果、神戸市内の中華料理店・北京楼に麻薬が隠匿されている事が分かり、警察官が急襲して主犯の李鴻福ら3人を逮捕し、中国産ヘロイン3,878グラムを押収した。
 8月 警察は、神戸のブローカーが立川市昭和町一帯の売春婦にヘロインを密売している所を逮捕した。
 東京・大阪の大都市とアメリカ軍基地周辺でも一斉摘発が行われ、日本共産党員や在日朝鮮人が逮捕された。
 押収したヘロインは、中国産とロシア産であった。
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 1952年 韓国海軍は、北朝鮮から麻薬500グラムを密輸しようとした共産主義者を逮捕して、麻薬を押収した。
 共産主義者の取り調べから、麻薬は天津の工場で中国人技術者が製造し、韓国の密売組織を通じて在韓米軍兵士に売りさばいている事が判明した。
 中国共産党は、日本や韓国を麻薬で汚染する為に両国の密売組織に大量の麻薬を密売し、両国内の共産主義者の活動資金として与えていた。
 アメリカ連邦薬物局長官ハリー・J・アンスリンガーは、国連に対して、「中国共産党から日本へ絶えざるヘロインの流入」があると報告(アンスリンガー・レポート)した。
 国連麻薬委員会で。アメリカ代表は、「中国共産党北朝鮮は、日本共産党の活動資金を賄う為に麻薬取引を行っている」と非難した。
 ソ連代表は、「日本に於ける麻薬密輸はアメリカ兵が行っている」と反論した。
 久万楽也「我が国に密輸される麻薬は、主として中共地区より密輸入されたものであるが、中共地区においては〝組合組織〟でケシを栽培してこれよりアヘンを採集し、政府管轄の倉庫に集結されるところである」(1960年『麻薬物語』)
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 ヘロインは、裏町の闇市場に流れて取引された。、
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 過激派日本共産党密売組織の本部は、北京にあり、中国共産党の全面的支援を受けていた。
 中国共産党は、戦前から、犯罪的秘密結社と組んでアヘンの生産地と流通を押さえた世界有数の麻薬密売組織で、日本軍占領地はもちろん汪兆銘の南京政権や蒋介石重慶政権の中国人民に売って軍資金を稼いでいた。
 中国は、辛亥革命以来の内戦で国土は荒廃し、産業は破壊され、アメリカ軍と戦う為の外貨を稼ぐ工業製品はなく、輸出して売れる製品はアヘン・ヘロインしかなかった。
 中国共産党軍は、共産党軍兵士にヘロインを与えて生死の恐怖を麻痺させて犠牲者を多く出す人海戦術を実施し、捕虜となった日本軍兵士など敵兵に大量のヘロインを与えて中毒化し洗脳して味方に付けて謀略に使った。
 故に、中国軍には敵軍兵士捕虜収容所は存在しなかった。
 進んで中国軍に味方して祖国と戦うか、アヘン・ヘロイン中毒となって祖国と戦うか、祖国への忠誠心・愛国心で陰惨な方法でいたぶり殺されるか。
 中国には、人権も、人道も、道徳も、信義も、何も存在しない。
 中国軍の伝統的常套戦法である人海戦術は、何時の時代も、どの王朝・政権の軍隊でもアヘン・ヘロインで中毒にされた中国人民が行っていた。
 それ故に、何時の時代でも中国の軍隊には軍律・軍紀は無きに等しかった。
 中国とアヘンは、歴史的に切り離せない関係にあった。
 中国共産党は党幹部の、中国共産党軍は軍高級将校の、アヘン禁煙を禁止し違反すれば処刑した。
 中国共産党の「アヘン・ヘロイン禁煙禁止」とは、限られた範囲での事に過ぎない。
 勝てば、占領地では必ず強盗や強姦を行い、負けた敵兵や人民を捕らえて猟奇的な世にも恐ろしい手段でいたぶって惨殺し、その死体の前で中毒症状で乱痴気騒ぎをして浮かれ騒いだ。
 負ければ、逃亡してヘロイン中毒の盗賊団・馬賊・匪賊・海賊となって、行く先々で残虐非道の犯罪を繰り返し、女子供に関係なく虐殺し根刮ぎ奪ってアヘンを買う資金にしていた。
 中国人兵士には、日本人兵士やアメリカ人兵士に比べて心的外傷後ストレス障害(PTSD)患者が少なかったのは、祖国を外敵の侵略から守るという愛国心的精神の高揚感からではなく、アヘン・ヘロインの中毒症状からであった。
 だが。如何なる国の軍隊も兵士を戦場に送り出して戦闘させる際、覚醒剤の一種であるヒロポンモルヒネを薬用品として持たせていたが、毒性の強いヘロインの所持・使用を禁止していた。
 中国共産党は、北方の熱河から陝西と南方の四川から雲南という二大アヘン栽培地域を支配し、伝統的なアヘン精製技術から純度の高い麻薬を作っていた。
 ヘロインは、軍国日本が満州地方に残していった近代的重化学工業施設で生産していた。
 中国共産党政府は、世界一の麻薬生産国であり、国家的アヘン・ヘロイン密売組織であった。
 中国共産党の最重点密売相手は、隣国の日本であった。
 ソ連共産党情報局・コミンフォルムは、戦勝国の特権を生かしてロシア人工作員を日本に送り込み、ヘロイン密輸する中国人工作員や密売する日本共産党員・在日朝鮮人を密かに支援していた。
 アヘン・ヘロインを国内で密売するには、その国の人間を使うのが常識である。
 日本には、反天皇反日を信条とする在日朝鮮人がいた。
 ソ連は、ヘロイン密売に関与していない事を公然と主張した。
 日本国内で密売されていたヘロインは、中国大陸の天津とマカオでアヘンから精製されたヘロインであった。
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 1953年 逮捕されたのは、在日朝鮮人261人、中国人363人、日本人不明。
 アメリカ軍兵士がヘロインを手に入れていたのは、各基地周辺の売春窟やキャバレーで働いている朝鮮人や中国人からであった。
 中国共産党は、常套手段として、相手を籠絡して利用する為に「ハニー・トラップ」を仕掛けていた。
 3月 スターリン急死。
 7月 朝鮮戦争の休戦協定調印。
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 1954(昭和29)年 日本は、麻薬取締法を制定し、アヘンやヘロインなどの覚醒剤を禁止した。
 警察、海上保安庁、税関は、中国や北朝鮮から運び込まれる覚醒剤の取り締まりを強化した。 
 3月 日本国家地方警察本部は、『共産主義運動の実態』を刊行し、国家権力の威信に懸けて共産主義運動の撲滅と中国共産党の対日阿片謀略の粉砕に乗り出し、活動資金源を断つ為の阿片撲滅作戦に全警察力を動員した。
 「武器資金については、非合法手段に訴える獲得手段が指導されているようであるが、この事はただ武器資金に止まらず、かって昭和7年の大森ギャング事件等で周知の事柄となっているように、戦後なお治安機関の目をくぐって行わていることは昭和24年頃、当時サントニンの欠乏に乗じて党員がこれを広地域に密売した事件が検挙されている事実、また翌25年10月には現中央委員、元九州地方委員長が、朝鮮人党員から党資金として受け取ったヘロイン450グラム(当時の時価1,000万円以上)を売ろうとして逮捕された事件等の示すところである」
 当時の日本共産党機関紙「アカハタ」の購読料は、1ヶ月150円。
 中国共産党が、日本国内の過激派日本共産党や反天皇反日在日朝鮮人にヘロインを手渡す為に「人民艦隊」という工作組織を作り、工作員を日本各地の港に出入りする船舶や港湾関係団体及び港湾労働者の中に送り込み、更に密輸だけを専従する特殊任務工作員を配置した。
 過激派日本共産党や反天皇反日在日朝鮮人は、社会転覆と天皇制度打倒の活動資金約2億円の半額を主に人民艦隊を通じて中国共産党から得ていた。
 高橋一郎公安調査庁次長)「党員が10万人、10万人が100%党費を納めたとして年に1,000円ずつとして1億円、ところが党員の中で党費の納入率は50%に満たないと思う。
 それから党費は東京都心でもって大体1人月額75円見当、田舎の方で50円、あれは月収の1%、5,000円とっている諸君が多い。どの位使っているかというと府県ビューロー程度で小さい所は5万。10万は多い。地区は2万、都心地区は府県段階と同じ。ある所では8万円の中6万円は大口カンパ、その中4万円1口は毎月で、それは誰かというと要するに病院です。おれが多い。都心地区」
 7月31日 朝日新聞夕刊 「麻薬大密輸団捕まる 中国人主犯、李金水ほか10名逮捕 ヘロイン9キロ、固形ヘロイン10キロ(時価合計2億円)押収 警視庁の調べでは、全国の麻薬患者推定5〜6万人のうち半分以上は李一派の手から流れる密輸麻薬には朝鮮、香港、大陸、南方の4ルートがあるが李一派は香港ルートとみられる」
 11月5日 朝日新聞朝刊「声」欄 「今回いよいよ本腰を入れて、第三国人に対決し、恐るべきヒロポン禍対策に当局が努力されていることを知り、心から声援を送るものである。現在100万人といわれる常用者の使用するヒロポンは、ごく控えめに推定しても1日500万本になるから、それだけの多大な量が内地だけで密造されているとはとうてい信じられぬ。事実われわれは、東京税関で多大な量が押収されたことを耳にしている。それは明らかに密輸されているのだ。しかも極めて計画的に、組織的に、かつ継続的に何らかの目的を持ってわが国にもたらされていることは事実と信ずる。……
 この悪魔の薬を密輸し、密造、密売し、わが国の青少年がバタバタと倒れむしばまれて行くのを見て、血の笑いをうかべ、しかも巨大な利益を得ている元凶に対してこそ、人類の名において、もしくは祖国を愛し青少年を愛する者の名において、毅然と闘い、その徹底的な掃滅を期さなければならないと信ずる(千葉・○○○○=公務員)」
 第三国人犯罪者集団が、日本国内で麻薬を密売している事は知れ渡っていた。
 その為、日本国民による第三国人への反発が強まっていた。
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 1955年 国際文化研究所は、厚生省薬務局麻薬課の推薦を得て、アメリカ労働総同盟(AFL)代表デヴェラルの『中国共産党の阿片政策 支那海を渡る麻薬の侵寇』を翻訳して刊行した。 
 「ヒロポンは日本では主として、中国人と北朝鮮人が差配する犯罪グループによって販売されている。日本における共産中国によるヘロイン安値販売と同様、ヒロポンの大量密売は政治色を帯び、ある程度、朝鮮人であれ、日本人、中国人であれ、共産主義者に手軽な資金稼ぎを保証し、共産主義の軍事イデオロギー宣伝機関を助けている……公的な報告と山積する証拠は疑いもなく、極東のみならず欧州とアメリカ向けの麻薬不正輸出増大に毛沢東政権が大きくかかわっていることを示している」
 「事実は薬品の輸入こそ共産主義者の用いた第一の方法だった。最初に大量輸入された薬は駆虫剤のサントニンで、蛔虫禍に悩まされた戦後日本のヤミ市に売る出された
薬は巨額の円を党にもたらした。共産党がヤミに流したこのサントニンはソ連のシベリアとソ連の占領していた満州から来たものだった。
 サントニン密輸が警察と税関の追及および日本自体の駆虫剤の生産により打撃を受けるにつれて初めて共産党のヘロイン密輸の兆候が現れてきた」
 厚生省薬務局麻薬課、長浜正六の推薦文「最近、新聞、雑誌紙上で麻薬を素材として記事を多く見かけるようになった……このときにあたり、デヴィラル氏が本書を発行されることは、時宜に適した企てであり……」
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 1957年5月 元A級戦犯岸信介首相は、戦後賠償交渉の為にアジア6ヶ国を訪問し、アジアの経済発展支援を約束して回った。
 「アジアの発展にどこまでも寄与し、地域の平和と繁栄のため、力を惜しんではならない」
 訪問した諸国では、友好的に岸信介首相を迎え、日本からの支援を感謝した。
 植民地支配で利益を得ていた人々は、反日運動を行った。
 6月 岸信介首相(元A級戦犯)は、アメリカ議会で演説を行い、自由と民主主義陣営の一員として、ソ連中国共産党政府などの共産主義勢力を「敵」と見なして対決する事を表明した。
 「日本が、世界の自由主義諸国と提携しているのも、民主主義の原則と理想を確信しているからであります」
 「武力による共産主義革命」を輸出している毛沢東中国共産党政府の膨張戦略から日本を救うべく、日米同盟の強化を急いでいた。
 日本は、国防力増強を平和憲法で禁止されていた為に、絶えず非人道的イデオロギーを掲げる中国共産党の脅威に晒されていた。
 11月 岸信介首相は、アメリカの共産主義封じ込め政策に協力する為に、東南アジア世界との貿易を拡大するべく二度目のアジア歴訪を行った。
 日本は、アジアに於ける自由主義勢力の一員としての責任を果たすべく、アジアの平和と経済発展に貢献していた。
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 1958年5月12日 朝日新聞夕刊 「北鮮 麻薬密売団手入れ 18ヵ所捜索、10人を逮捕 北鮮から大量の麻薬を密輸し、対日工作資金に当てていたとみられる北鮮系麻薬密輸団の全国的な地下組織を摘発 警視庁公安三課が下関、東京、神奈川、大阪、神戸など全国のアジトを急襲 主犯、李壮烈を筆頭に、日本歯科医大生、広川満こと李満ほかを逮捕 李らは下関市のホテル内に架空会社を作り、船をチャーターして北鮮から特殊麻薬『ジアチル・モルヒネ(通称、赤ネタ)』を密輸 今までに10数ポンド(時価数千万円)を主として愚連隊の手を通じ1グラム1万円ぐらいで全国の暗黒街に売りさばいていた」
 6月19日 朝日新聞夕刊 「船主ら4人逮捕 北鮮系の麻薬密輸団 警視庁公安三課は、去る5月、北鮮系麻薬密輸団を摘発したが、その密輸ルートの追究から北鮮との往復に使われた密輸船数隻が浮かび、船主、浜崎沢一郎(長崎県北松浦郡生月町)らを逮捕 調べによると、主犯の李壮烈は昨年4月、浜崎から船をチャーター、船長以下を高給で雇い入れ、偽装のために化粧品などを積んで北鮮の興南港に陸揚げした」
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 1959年 砂川判決。「安保条約が違憲かどうかの判断は、司法審査権の範囲外」
 田中耕太郎(最高裁長官)「今日はもはや厳格な意味で自衛の観念は存在せず、自衛は『他衛』、他衛はすなわち自衛という関係があるのみ」「自国の防衛を全然考慮しない態度はもちろん、これだけを考えて他の国々の防衛に熱意と関心とをもたない態度も、憲法前文にいわゆる『自国のことのみに専念』する国家利己主義であって、真の平和主義に忠実なものとはいえない」
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 1960年 厚生省麻薬課長・久万楽也は、日本国内に蔓延している中国産・北朝鮮産の麻薬の実態を知らせる為に『麻薬物語』を出版した。
 1月 岸信介首相は、ワシントンで、日米相互協力及び安全保障条約(真安保条約)と日米地位協定を調印した。
 日米地位協定日米安保条約に基づき、在日米軍基地の使用条件及びアメリカ軍人とその家族が有する権利を定めた協定。
 基地の排他的管理権や国内法の免除特権、犯罪捜査上の特別扱いを規定していた。
 日本は国防をアメリカに依存している以上、日米ガイドライン日本国憲法の上位にある。
 朝鮮有事の際。アメリカ軍の韓国への出動を後方支援する事は、集団的自衛権の行使となる。
 日本は、アメリカの保護下にある事で中国共産党政府やソ連から守られている以上、アメリカが要求する多少の理不尽は受け容れるしかない。
 国連の敵国条項があるがゆえに、日本は対米従属から独立する事はできない。
 革新団体・全学連などは、社会党・総評などによる警職法改悪反対国民会議に参加して、安保改定阻止国民会議を結成した。
 5月19日 岸内閣は、衆議院社会党などの反対を押し切り、新安保条約の批准についての強行採決お行い、1ヶ月後の自然成立を狙った。
 5月20日 安保改定阻止国民会議は、広く市民抗議運動を呼び掛けた。
 条約に反対する10万人が、国会を取り囲んだ。
 5月27日 17万5,000人の市民と学生が、国会を取り囲んだ。
 ソ連は、日本国内の混乱を煽る事によって日米同盟弱体化させる好機と判断して、ロシア人工作員を日本に送り込んだ。
 ロシア人工作員は、日本人扇動家に活動資金を渡して混乱を助長させた。
 この後も。ソ連は、日本国内が混乱する様な事がある度にロシア人工作員を送り込み活動資金をばらまいていた。
 ベトナム戦争時のベ平連に対しても、ロシア人工作員が活動資金を手渡していたといわれている。
 日本国内には、そうした多数のロシア人工作員が暗躍し、国家を揺るがす様な活動を続けていた。 
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 1960年〜75年 ベトナム戦争
 中国共産党は、戦争する相手に対してヘロイン謀略を仕掛けていた。
 日本国内のアメリカ軍基地周辺では、「周恩来のヘロイン」と呼ばれる中国産ヘロインが出回っていた。
 反基地派日本人や反米派在日朝鮮人の活動家等は、アメリカ軍の戦闘能力を削ぐ為に、アメリカ人兵士達にヘロインを密売し中毒患者を作り出していった。
 日本国内の反天皇反日的日本人は、中国共産党のアヘン・ヘロイン謀略を隠蔽する為に、意図的に、戦前の日本を「アヘンで世界征服を企んでいた」「アヘンを中国人に売っていた」「占領地の人民をアヘン漬けにしようとしていた」「アジア侵略の為にアヘンを利用していた」という日本罪悪史観を広め、戦後反戦平和教育として子供達を誘導した。
 過激派日本共産党員や反天皇反日在日朝鮮人は、警察当局の監視が厳しくなるや、密売を暴利をエサに暴力団やチンピラなどの反社会組織に請け負わせた。
 警察が相手にする密売組織は、中国共産党から、過激派日本共産党・反天皇反日在日朝鮮人を経て反社会組織に変わった。
 人権派市民団体は、マイノリティーであり差別に苦しんでいる社会的弱者の在日朝鮮人・韓国人達の人権擁護運動を本格化させた。
 歴史教育で、子供達に、日本の朝鮮植民地支配を悪と教えた。
 国際世論も、日本に対して、在日朝鮮人の人権を守り、中国及び朝鮮への贖罪という正しい歴史教育を行う様に強く求めた。
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 1965年 「ベトナムに平和を!市民連合」(ベ平連)を結成。
 沖縄や日本国内のアメリカ軍基地で、ベトナム戦争に反対する運動が激しくなっていた。
 ベ平連は、戦場に行くのを嫌がるアメリカ人兵士の逃亡を手助けし、不名誉除隊させて匿った。
 アメリカ軍基地内で、兵士達の間に「周恩来のヘロイン」と呼ばれるヘロインが蔓延していた。
 沖縄の反米活動家は、北朝鮮へ密かに入国していた。
 中国共産党は、1953年に北京で死亡した徳田球一の手づるで、アメリカ軍基地が密集している沖縄に工作員を送り込んでいた。
 中国共産党の狙いは、台湾侵攻の為に、沖縄からアメリカ軍とアメリカ軍基地を全て排除し、自衛隊配備を阻止して無力化する事であった。
 その為に、反基地運動に肩入れし、アメリカ人兵士に売るヘロインを運び込んでいた。
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 中核派などの過激派組織は、反基地闘争に深く関わり始めた。
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 中国共産党は、日本へのアヘン・ヘロイン・覚醒剤密輸を止める事なく続け、日中友好を傷付けない為に北朝鮮を利用した。
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 『1億人の昭和史 ―日本占領3 ゼロからの出発―』 1980年 毎日新聞社
 「昭和25年当時、国際港神戸はまた日本一の密貿易の根拠地でもあった。巨大な国際密輸シンジケートがいたるところ張り巡らされ、瀬戸内海へ何十隻もの密輸船が出航……
 ところで、当時の神戸の密貿易は、大半が台湾、朝鮮などの旧外地との間で行なわれていた。神戸が第三国人の根拠地となっており、東京、横浜に比べ旧外地に近かったこともあり、密輸量は日本一。
 ……
 国際密輸組織の中核は一貫して第三国人だった。
 敗戦後、神戸に三宮駅から神戸駅まで約2キロに及ぶ全国に例をみない大ヤミ市場ができたが、密輸品の多くはここでさばかれた。そこに大きな勢力を張っていたのが数万人の第三国人で、戦勝国意識を誇示するため腕章をつけ、日本の警察権を一切認めようとしなかった。こうした特権をフルに利用、密輸団を操る黒幕になった三国人もでた……黒幕だった三国人のなかには、密輸の巨利で今は正業につき、実業家として幅をきかしている者もいるといわれる。」
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 「自衛行動である」という日本の正当性を訴える声は、国内外で「侵略行動である」と否定され、国際社会からの激しい抗議で抹殺されている。
 日本批判の急先鋒が、中国、韓国・北朝鮮、ロシアなどの周辺諸国であり、日本批判を支援するのがアメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、オーストラリア、カナダなど白人欧米諸国である。
 「日本の生存」という正当性を訴える声を、擁護してくれる国家も国際的団体も存在しない。
 戦後70年を迎える今日に於いても、批判し否定する国や国際的団体が殆どである。
 ロシアは、ソ連時代から日本領北方領土を軍事支配している。
 韓国は、多くの日本漁師を殺害して日本領竹島を強奪して実行支配している。
 中国共産党は、日本領尖閣諸島沖縄県を自国領にする為に侵略的軍事力を増強している。
 歴史的に。日本は、反日国家群に包囲され、助けてくれる親日国家は存在しない。
 日本の歴史的宿命として、孤独に、孤立して、日本一国で、中国、韓国・北朝鮮そしてロシアと対峙して祖国を守るしかない。
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 反天皇反日的日本人は、中国共産党の対日アヘン謀略を隠蔽する為に、軍国日本を「阿片帝国」と書き立てた。
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 アメリカは、対ソ戦略から中国共産党を極秘に支援し、経済発展はおろか軍事力強化するべく資金や技術を提供していた。




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