🛲¦7─3─ミャンマーの少数民族問題。ロヒンギャ民族迫害。~No.72No.73 @   

一帯一路・技術立国・中国の夢……いま中国の真実は (必読! 今、中国が面白い Vol.11)

一帯一路・技術立国・中国の夢……いま中国の真実は (必読! 今、中国が面白い Vol.11)

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 プロフィールに、6つのブログを立ち上げる。 ↗ 
   ・   ・   【東山道美濃国・百姓の次男・栗山正博】・   
 中国共産党のアジア侵出・領土拡大という国家戦略が、諸外国内で紛争を引き起こしている。
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 アジア各地にある少数派と多数派の対立・差別そして憎悪による流血事件。
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 2017年11月5日号 サンデー毎日「世界透視術 金子秀樹
 スーチー氏の謎の沈黙
 ミャンマー少数民族ロヒンギャ民兵や軍の迫害を逃れて、1ヵ月半に54万人もが隣国バングラデシュに逃れた。国連は『前例のない規模の危機』『典型的なエスニック・クレンジング(民族浄化)』だとして、ミャンマー政府の対応を非難している。
 国際社会を失望させたのは、ミャンマーの国家指導者になったノーベル平和賞受賞者アウンサンスーチー氏の沈黙だ。『西側メディアのウソ・ニュース』などという軍の言い訳を丸呑みにし、記者会見で外国の記者に『あなたは人権の擁護者ではないのか』と追求されると『私は政治家です』と開き直った。これはどうしたことだろうか。
 スーチー氏の立場に理解のある西側報道をまとめれば、第一にスーチー氏はミャンマーの多数の人と同様、ロヒンギャが隣のバングラデシュから国境を越えてミャンマー・ラカイシ州に流れ込んだ異邦人だと誤解している。イスラム教徒のロヒンギャは、仏教徒の国ミャンマーでは宗教的にも明らかによそ者に見える。
 確かにロヒンギャに無国籍者が多いことは事実だ。だが、それは35年前にビルマ国籍法が公布されて普通公民、準公民、帰化公民の区分けができた際、約100万人のロヒンギャはいずれでもないと、軍事政権によって不当に国籍を剥奪された結果である。
 バングラデシュミャンマーの国境は、かつてバングラデシュが英領東ベンガルミャンマーが英領ビルマだった1937年に英国が引いた境界線で、この時にベンガル人イスラム教徒の居住地域の一部がビルマ側に入った。それがロヒンギャ居住地区だから、ロヒンギャベンガル系のビルマ原住民で、異邦人ではない。
 第二にミャンマーの軍政は終わったが、まだ軍が実質的権力を握っている。スーチー氏は軍を制止できないかもしれない。軍がロヒンギャ居住地区を包囲し、民兵が住居を焼き払って追いはらったり銃撃したと報道されても、スーチー氏には『ロヒンギャが自宅に放火して逃げた』という軍の情報しか伝わらない。
 第三に中国問題という難問がある。ロヒンギャはは英領時代から少数派イスラム教徒として差別され、紛争はあったとしても、民族浄化といわれるほどの事件はこれまで起きていない。なぜ今、こんな騒ぎになったのか。そのわけは、なぜ中国だけがミャンマー政府を強く支持するのかを考えると浮かび上がってくる。
 中国は、ラカイシ州のチャウピュ−を起点にミャンマーを縦断し、中国雲南省の都市、昆明に至る石油、天然ガスのパイプラインを建設した。中国のエネルギー戦略、安保戦略上、極めて重要なインフラ。その起点周辺にあるのがロヒンギャ居住地域だ。パイプラインの安全を守るため、中国はその地域をミャンマー軍の直轄地や中国企業の工業団地などにさせたいのではないか。スーチー氏は、真相が分かっても沈黙せざるを得ないだろう」
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 11月2日08:48 産経ニュース「【ロヒンギャ問題】仏教徒ヒンズー教徒の敵対心「州が乗っ取られる」「世界の同情買っている」
 ミャンマーから治安部隊の掃討作戦を理由に、難民となるイスラム教徒少数民族ロヒンギャが後を絶たない。最大の流出先バングラデシュは、ミャンマーに帰還に向けた行動を要求。「難民発生は、ロヒンギャ武装勢力による治安部隊襲撃が発端」と主張するミャンマーは、アウン・サン・スー・チー国家顧問兼外相が無策ぶりを国際社会から批判され、身元確認作業を行えば難民の帰国を認めることに言及した。両国は10月24日、帰還に向けた協力で一致したものの、解決の糸口は見えない。ともに被害を訴える両国住民の姿を追った。
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 ミャンマー西部ラカイン州北部は、大量のロヒンギャ難民を生んできた。8月25日にロヒンギャ武装組織に襲撃された治安部隊が掃討作戦を展開したためだ。国際社会は深刻な人道問題だと解決を訴えるが、同州では、仏教徒ヒンズー教徒らがロヒンギャへの敵対心を深めていた。
 州都シットウェにあるヒンズー教寺院では、455人の同教徒が避難を続けていた。北に約100キロ離れた、バングラデシュ国境に近い主要都市マウンドーで、ロヒンギャ武装組織に襲われ逃れてきた。留守で助かったというカー・ジョー・リーさん(16)は「家族7人全員殺された。どう生きていけばいいのか」と訴えた。
 ミャンマー政府は9月下旬、マウンドーでヒンズー教徒の集団墓地を発見。50人以上が殺害され、190人以上が行方不明とした。
 「近所のイスラム住民が急に暴漢に変貌し『殺せ、殺せ』と叫び出した」。以前マウンドー庁舎脇に住んでいた仏教徒ラカイン族女性は、8月25日未明の様子を語った。庁舎に爆弾3発が投げ込まれたが不発だった。近くの仏教寺院に2日間隠れ、シットウェに家族で避難してきたという。
 25日のマウンドーの警察施設など30カ所以上への同時攻撃で、ARSAが犯行声明を出した。父親がラカイン州出身で、パキスタンで生まれ、サウジアラビアで育ち、過激派ロヒンギャを束ねるアタ・ウラ氏が、指導者とされる。2013年から軍事訓練を始めた、と国軍筋は指摘する。だが、国際テロ組織の関与は確認されておらず、不明な部分が多い。
 ARSAに反抗し殺害されたとみられるロヒンギャの若者の死体が見つかるなど、異常を察した国軍は8月中旬、将兵約1000人をマウンドーに派遣していたが、襲撃を許してしまったという。
 仏教徒が9割を占めるミャンマーで、イスラム教徒は4%ほどだが、マウンドーでは98%を占める。ロヒンギャは人口増でラカイン州南部に勢力を広げた。
 州の国際機関への助言役、ター・プイント氏は、「一夫多妻制とバングラデシュからの不法移民流入で、州全体が乗っ取られてしまう」と主張。ロヒンギャについて「自分の家に火を付け、国軍の乱暴をでっち上げ、世界の同情を買って、さらなる支援を獲得している」と訴えた。(シットウェ 吉村英輝)」
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 11月2日12:32 産経ニュース「【ロヒンギャ問題】60万人、逃げ延びた先の辛酸「目覚めるたび絶望」
 10月18日、ミャンマー西部ラカイン州シットウェのヒンズー寺院で、ロヒンギャ武装勢力に家族を殺害されたという避難民ら(吉村英輝撮影)
 バングラデシュに逃げ込んだロヒンギャ難民は、この2カ月で約60万7千人(国連まとめ)に上る。それ以前の数を加えると、90万人以上との推計もある。ミャンマー国境に近いバングラデシュ南東部コックスバザールの難民キャンプでは、竹とビニールシートで作った仮設住宅に住み、悪臭に悩まされる劣悪な環境での生活を送る。生き延びたという安堵はほとんどなく、家族が殺された怒りと、絶望がキャンプ地を覆っていた。
 「銃弾が夫と子供を撃ち抜いた。血が飛び散り、私も殺されると覚悟した」
 キャンプで暮らすロヒンギャ難民の一人、アノワラ・レグムさん(28)は、うつろな表情で目撃した光景を語った。
 9月下旬のある日の夕方、突然ミャンマー治安部隊の兵士が集落を襲い、農作業中だった夫と8歳の長男を撃った。レグムさんはとっさに次男を脇に抱えて走り続けた。素足で逃げる途中、割れたガラスを踏んだが気にならなかった。「夫と子供が死んだことを悲しむ余裕もなかった」と振り返る。
 その後、国境のナフ川で、金の指輪と引き換えに渡し船に乗り込んだ。小さな漁船に約30人が詰め込まれ、左右に大きく揺れながら、対岸のコックスバザールにたどり着いた。後に出発したボートは転覆して10人が死んだという。
 ナフ川では渡し船が確保できずプラスチック製の容器などに捕まって渡河し、溺死する事案も相次ぐ。
 「ここまで来られて安心している。だが、今後私たちはどうなるのだろうか」とレグムさんは話す。
 8月25日にミャンマー西部ラカイン州で、武装組織「アラカンロヒンギャ救世軍」(ARSA)が警察施設などを襲撃した後、治安部隊が「テロ掃討戦」としてロヒンギャの集落に攻撃を開始。住民たちは毎日数千人単位でコックスバザールに逃げ込んだ。
 コックスバザールは丘陵地帯で、難民たちは斜面を削ってわずかなスペースに住居を建てて暮らす。雨が降ると丘から住居そのものが滑り落ちることもある。父親が殺されたというアジズアハブさん(25)が住む仮設住宅は屋根がなく、台風のときは雨に打たれながら一夜を過ごした。汚物の悪臭に悩まされ「毎朝、目が覚めるたびに絶望を感じる」と声を落とした。
 大規模なキャンプ地であるクトゥパロンなどには国際機関の支援が及びつつあるが、アジズアハブさんのいる小さなキャンプ地では飲み水にも困る。現地で支援に携わる国連難民高等弁務官事務所UNHCR)のビビアン・タン報道官は「難民はお金も家財もない。彼らにはすべてが必要なものだ」と話す。
 キャンプで目につくのは子供の多さだ。
 「概算だが難民の50〜60%、30万人以上は18歳未満だろう」と、現地で支援活動に従事するNGO「BRAC」のカリッド・モーシュドさんは分析する。国連児童基金ユニセフ)は、栄養状態が極めて悪い子供が1万4500人に達すると推定。生後8カ月の乳児で体重が3キロ程度の例もあったという。
 難民のアリフ・ウラさん(55)は「ミャンマー政府はなぜARSAではない普通の民衆を攻撃するのか」と涙を浮かべた。(コックスバザール 森浩)」
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 ミャンマーでは、多数派と少数派の対立が激しくなり、少数派は多数派も攻撃から逃げるように周辺諸国へ難民として流れ込んでいた。
 特に激しいのは、仏教とイスラム教間の宗教対立であった。
 ミャンマー仏教徒は、仏教国であったインドネシアイスラム教に乗っ取られた事を教訓として、国教の仏教を守る為に国内のイスラム教排除に暴力を行使し始めた。
 絶対真理を信仰する宗教・宗派は、ひとたび他宗教・宗派の絶対真理に懐疑心・不信感・脅威を感じると自分の絶対真理を正当化して宗教弾圧を行う。
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 世界の宗教史において、異端者や異教徒に対する陰惨な宗教弾圧・迫害の事例は数多く存在し、虐殺の末に根絶された宗教・宗派は数多く存在する。
 普遍宗教は、他の普遍宗教と激しく対立し、地域的民族宗教を消滅させる。
 中世キリスト教会・イエズス会による、異端審問や魔女狩りイスラム教に対する十字軍、中南米諸国のキリスト教化成功と日本のキリスト教化失敗。
 白人キリスト教徒は、「隣人愛信仰」の絶対真理から、中南米インディオを虐殺し民族宗教を消滅させ、日本人を奴隷として売買し日本神道・日本仏教を破壊しようとした。
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 無宗教無神論を自称する日本人や思考停止的単純細胞的にキリシタン弾圧に憤る日本人には、深刻な宗教対立は理解できない。
 多宗教・相対価値観の日本人は、宗教対立を行う両者との利害関係がないので仲介して対立を解決できる、と考えるのは宗教や道理が理解できない無教養者である。
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 日本人が、脳天気に宗教対立や人種・民族対立などが理解できないのは、短期間に100万人以上の外国人移民・難民が流れ込んだ経験がないからである。
 平安時代。700人の渡来系新羅人は、日本天皇への忠誠を拒否し、駿河・伊豆地方で叛乱を起こした。
 数万人はいたであろう関東の帰化系の百済人や高句麗人は、日本天皇への忠誠を誓って叛乱に参加しなかった。
 海が、異人種・異民族・異宗教・異文化の大量流入を防いだお陰で、日本は平和を保ち、独自の民族的な宗教・文化・国語・習慣風習で穏やかな生活をおくれていた。
 もし、数百万人の日本天皇と日本国への忠誠を拒否する反日的外国人が短期間で日本に移住してくると、日本は民族性を失って大混乱に陥る。
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 中国共産党政府の安全保障上欠かせない重要案件は、尖閣諸島・沖縄、沖ノ鳥島、北海道である。
 尖閣諸島・沖縄は太平洋に出る為に、北海道は北極海航路の為に、沖ノ鳥島は西太平洋支配の為に。
 それは、アメリカの攻撃から祖国を守る自衛戦略である。
 日本国内には、中国の国家戦略に協力する反天皇反日的日本人が少なからず存在する。
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 理想的自衛戦略は、敵の攻撃を国外・海外で完全に撃破する事である。
 専守防衛として、敵軍を自国の領土・領海・領空に引き込んで撃破するのは幼稚な子供の喧嘩である。
 その意味では、明治以来の日本軍の国防戦略戦術は正しかった。
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 中国共産党・中国軍は、反日派・敵日派である。

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 ウィキペディア。 
 ロヒンギャとは、ミャンマーラカイン州(旧アラカン州)に住む人々である。現地ミャンマーではロヒンジャ、隣国タイではロヒンヤと発音される。また、ミャンマーではロヒンギャの存在そのものを否定し、バングラデシュの不法移民であるとの主張から、「ベンガル人」と意図的に呼ばれている。

 宗教
 ロヒンギャにとって宗教は大切なものであり、イスラム教が主流である。

 生業
 主に農業で生計を営むが、商人としての交易活動も盛んである。
 
 人口
 ミャンマーにおけるロヒンギャの人口規模は80万人と推計 されるが、政府当局の統計の信憑性が低いと考えられるため正確な数値は不明である。

 民族
 チッタゴンから移住したイスラーム教徒がロヒンギャであるとの学説があるが、英領インドから英領ビルマへ移住したムスリムには下記のように4種の移民が存在しており、実際には他のグループと複雑に混じり合っているため弁別は困難である。

 チッタゴンからの移住者で、特に英領植民地になって以後に流入した人々。
 ミャウー朝時代(1430-1784年)の従者の末裔。
 「カマン(Kammaan)」と呼ばれた傭兵の末裔。
 1784年のビルマ併合後、強制移住させられた人々。

 現在も、ラカイン州では仏教徒であるアラカン人(ラカイン人)とイスラーム教徒であるロヒンギャの間で死者の出る衝突が頻発しているが、次代を期待されるアウンサンスーチーはこの問題についての解答を留保しているため、ロヒンギャ側は不満を露わにしている。そして、アウンサンスーチー率いる国民民主連盟が政権を取っても状況は変わらず、国連調査団の入国不許可を表明した。
 アラカン人のロヒンギャへの敵意は強く、アラカン人の民族政党・上座部仏教政党であるアラカン国民党(ANP)は、「ベンガル人」追放を公約している。以前に認められていた国籍や参政権などの諸権利も、アラカン人には不法に与えられたものと認識されている。こうした主張の背景には、ラカイン州の中で「ベンガル人ムスリムのみが不当に国際社会から優遇されているという不満もある。上座部仏教徒住民による、ロヒンギャ支援妨害や、支援車両への攻撃も起きている。

 言語
 インド語派東部語群(マガダ語)ベンガル・アッサム語(英語版)に属するロヒンギャ語を使用、チッタゴン語に近いが、類縁とされるベンガル語との相互理解は難しい。ロヒンギャミャンマー公用語であるビルマ語(シナ・チベット語族)を使用しないことも統合に支障を生じる原因となっている。
 正書法が確立しておらず、アラビア文字、ウルドゥー文字、ラテン文字ビルマ文字等による表記が入り乱れている。1980年代には、モーラナ・ハニフィが、アラビア文字をもとに書法を作成し、これが、ハニフィ(Hanifi)又はロヒンギャ文字と呼ばれているものである。
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