₩71」─4─日清戦争。秋山好古と旅順虐殺誤報事件。日本人を虐殺した中国人。アメリカ・プロテスタント宣教師の反天皇反日宣伝。〜No.320  *   

現代中国の飢餓と貧困―2,000万人餓死事件への証言

現代中国の飢餓と貧困―2,000万人餓死事件への証言


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   ・   ・   【東山道美濃国・百姓の次男・栗山正博】・   
 日本軍国主義者の戦争犯罪か?
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 日本軍は、人道的に善い事もした。
 日本人兵士は、自分を犠牲にして多くの中国人を助けた。
 軍国日本は、人助けの為にファシスト中国との戦争を続けていた。
 蒋介石の国民党政府は、紛れもなきファシストであった。
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 タウンゼント「中国人は何時まで経っても中国人であって、幾ら表で愛想を振りまこうとも、裏では何をするか分からない人間である事を重々承知している」(『暗黒大陸 中国の真実』)
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 旅順虐殺。秋山好古の副官報告「耳を削ぎ、鼻を削ぎ、目玉をえぐり出し、陰茎を斬り落として喉に詰め、やっと鈍(なまく)ら刀で首を引き斬っていく」
 山県有朋「生擒(せいきん。捕虜)に遭わば(なれば)死に勝る苦痛を受けついには野蛮惨毒の所為をもって殺害されるは必定なり」
 日本軍は、全将兵に清国軍(中国軍)の捕虜になると地獄の様な手法でなぶり殺しにされてから惨殺されるとして、生きて捕虜になるより死ぬ事を命じた。
 欧米列強から派遣された観戦武官達は、本国に戦況を報告すると共に、日本軍兵士が報復的な虐殺や略奪などの戦争犯罪を行っていない事を伝えた。
 A・ダネタン(ベルギー公使)「日本軍は戦友の傷ましい姿にもじっと感情を抑え、支那人捕虜に報復する事もなかった」
 日清・日露両戦争に於いて。日本政府は、国際法を遵守して戦争をしている事を全世界に知らしめるべく、各国に対して希望すれば各遠征軍司令部に観戦武官や従軍報道員を派遣する事を認めた。
 日本軍は、各国の観戦武官や従軍報道員の見ている前で戦っていた。
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 2017年3月16日号 週刊新潮「変見自在 高山正之
 トランプの真実
 日清戦争のときも旅順要塞攻略戦はあった。
 その10年後の日露戦争ではロシア人が精魂込めて邪悪な改装を施し、ために日本側は落とすまでに4ヶ月余もかかった。
 しかし日清戦争では支那人が相手。だからたった1日で陥落し、日本軍は203高地の向こう側、旅順市街の勘定(かんてい)に向かった。
 住民は戦いの前に市外に避難し、軍服を脱ぎ捨ててゲリラ化した支那将兵が民家に隠れ潜んでいた。
 日本軍は1戸ずつあらためて抵抗する残敵を掃討し、降伏した支那兵355人を捕虜とした。
 以上は駐日ベルギー公使アルベール・ダネタンの本国への報告内容だ。公使は最前線にいたフランス人観戦武官ラブリ子爵から直(じか)に聞き取っている。
 その子爵のはるか後ろで遊んでいたのがニューヨーク・ワールド紙のジェームズ・クリルマンだった。
 彼はこう報じた。
 『日本軍は旅順市街に入ると冷酷にほとんどの市民を虐殺した。無防備で非武装の住民たちは自分の家で殺され、死体は言い表す言葉もないくらい切り刻まれていた』『2000人は殺されたはずだ』『』
 従軍記者も出していないノースアメリカン・レヴュー誌はそれをもとに『6万人の住民のうち36人だけが生き残った』と書いた。
 見てきたような嘘を尤もらしく流しまくった。
 米国では第一次大戦までインディアンの虐殺を続けた。騎兵隊は抵抗の少ない女子供を狙った。頭髪を剥ぎ、女の性器を剥ぎ取って鞍頭に貼った。
 黄色い日本人は白人より絶対に野蛮だから我々以上に残忍なはずだ。これくらいはきっとやっていると想像で書いたのである。
 支那はその半世紀後、米独の支援を受けて上海の日本租界に侵攻した。
 独の祭神兵器で身を固めていたが、所詮、支那兵は支那兵だった。大敗して南京城まで潰走した。
 日本軍は追って南京を落としたが、城内はもぬけの殻だった。僅かな残敵を掃討して1週間後には逃げた蒋介石軍を追って長江を遡行していった。
 南京にはニューヨーク・タイムズのディルマン・ダーディンがいた。
 彼は日本軍が入って2日後にはそそくさと上海に移ったが、同紙にはまるで1ヶ月も見ていたかのように『日本軍は民間人も捕虜もみな処刑した』『難民も身ぐるみ剝がされた』『支那人の女が拉致され強姦された』と書きまくった。
 神をも恐れぬ米宣教師連中がそれをもっと脚色して東京裁判では30万人虐殺に膨らませた」
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 中国人と朝鮮は、自分だけの面子のみを最優先し、恩義を感じないし、感謝もしない。
 当然。日本人に感謝はしないし、恩義も一切感じない。
 中国人と朝鮮人は、日本人を見下し、軽蔑し、そして差別し、滅ぼそうとした。
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 東アジアは、人の命を鴻毛よりも軽く軽視する。
 中国にとって人民は、生きる価値なき虫けら。
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 中国人は、歴史的に、大罪を犯した者は数百年たっても決して許さない。
 半永久的な復讐文化を持ち、墓を暴き、死体を破損して恨みを晴らす。
 妥協を嫌い、一度いった事は絶対曲げず、死ぬその時まで言い続ける。
 自説は決して曲げず、相手が根負けして主張を引っ込めるまで大声を張り上げてがなり立てる。
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 儒教の徳目である避諱(ひき)は、真相を巧妙に隠蔽し、真実を永遠に闇の中に葬り、責任を相手に擦り付け為に嘘八百並べ立てる事を正当化している。
 中国人は、世界文明を生みだし偉大な民族としての面子にこだわる。
 その面子を守る為なら、平気で他人を非難中傷し、そして殺害する。
命を賭けても、面子を守ろうとする。
 裁判の折には、勝訴を勝ち獲る為に不利になる真実を隠し、事実を意図的に歪曲し、ない事を悪意で捏造して、相手の言い分が通らない様に貶しに貶してがなり立てた。到底あり得ない出鱈目の話しでも、相手を罪に貶められると思えば嘘八百で言い募った。その為に、儒教価値観が最大限に利用された。
 より多くの利益を不正に掠め取る為に、嘘で塗り固めた虚偽の申告を当然の如く行った。
 日本の罪を認めて謝る正直者が褒められる的な「愚直な文化」とは正反対に、東アジアは正直者や真面目な者が馬鹿をみる的な「虚偽の文化」である。
 中国の歴史が主義・主張を伴った謀略的政治宣伝であるのに対し、日本の歴史は心情・情緒を大事にした遺訓的物語である。
 儒教「寡(すくな)きを患(うれ)えずして、均(ひと)しからざるを患う」
 「和して同ぜず」
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 中国共産党は、国民党を内部から崩壊させる為にスパイを送り込み、政府高官や軍幹部になって中枢部に入り込んで人脈を広げ、偽情報で混乱を引き起こして麻痺させ、不満を煽って暴動に発展させて大打撃を与えていた。
 中国共産党のスパイ攻勢は、孫子の戦略に従って巧妙に行われていた。
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 ファシスト中国軍は、日本人兵士捕虜に対して、中国共産党の様な共産主義革命戦士への洗脳教育を行わず、地獄の様な責め苦を与えてなぶり殺しにしていた。
 中国軍は、敵兵士捕虜に対して日本軍とは正反対の扱いをしていた。
 伝統的に中国大陸を支配していたのは常識の通じない猟奇的な狂気で、立ち止まって我を振り返るという冷静は無縁で、人情・情緒・情義は微塵も存在していなかった。
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 日本軍には、中国軍兵士捕虜を収容するだけの食糧も医薬品も不足していた為に、武装解除して「解き放つ」意味で、全部隊に対して「捕虜処分」を命じた。
 ファシスト中国軍は、戦争の勝利を最優先として、日本軍の進撃を阻止する為に各地で焦土作戦を実行し、農村の田畑や灌漑施設を破壊し、兵糧となる農作物や家畜を収奪し、労働力を与えない為に動ける若い男を強制連行して女子供や老人、病人や負傷者を大量に残した。
 日本軍は、占領地を抗日ゲリラ・便衣隊の拠点にしない為に、残された大量の中国人民を救済すべく、餓えた者には食べ物を与え、病人や負傷者の治療を行った。
 都市部では近代化支援を農村部では食糧増産を、限られた軍需予算から必要経費を捻出して投入した。
 治安回復の為に、破壊された鉄道、道路、港湾施設そして学校や病院などのインフラ整備を急い、物流を回復あせた。
 日本人専門家や日本軍工兵隊だけでは人不足の為に、中国人に各種の教育を行い人材育成を急いだ。


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日本の天皇―国難と天皇の歴史 (Town Mook)

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