🎻16:─2─サンフランシスコ講和条約と天皇家・皇室。貞明皇后。〜No.58No.59No.60No.61 * ④

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   ・   ・   {東山道美濃国・百姓の次男・栗山正博}・ 
 天皇家・皇室を、崇拝する日本人は2割、嫌悪する日本人は3割、何となく有っても無くても何方でもいいと思っている日本人は5割。
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 昭和天皇明治天皇同様に、平和主義者として、如何なる戦争にも不同意で、戦争を始めたら早期に停戦し、外交交渉で講和を成立させ、平和を回復し、国民を塗炭の苦しみから救い出し幸せに暮らせるようにする事を、切望していた。
 歴代天皇は、歴史的な人道貢献を繰り返し行っていた。
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 2020年3月22日号 サンデー毎日「皇后の覚悟  工藤美代子
 貞明皇后からたどるプリンセスたち
 第一部 節度  (二)祈りを捧げる
 終戦後、11宮家の皇籍離脱が決定したとき、毅然とした態度で『ご維新前と同じ』と考えらればいいのだと言った貞明皇后。その背景になった質素で堅実な暮らしを、三笠宮両殿下の貴重な証言とともに追う。
 17歳で皇太子妃となって以降、貞明皇后の厳しく自己を律する日々は始まった。とりわけ大正天皇崩御した後は、外面からもはっきりと、それがうかがえるようになった。43歳という年齢で皇太后となったのである。まだ若い摂政宮(後の昭和天皇)の後見役のような立場を担わざるを得なくもなった。
 お召し物が一段と質素になった、と語るのは昭和天皇の弟宮、三笠宮崇仁(たかひと)殿下と百合子妃である。
 ……
 近代皇室における宮中の女性の立場について、新たな基礎を築いたのは貞明皇后である。昭憲皇太后から継承した理念を、さらに明確にする改革を目指したのだ。
 ……
 自らの孤独な覚悟を見すえて
 ……それにしても貞明皇后の性格をよく表している。皇后はやるべきことと、やってはいけないことの峻別(しゅんべつ)をはっきりさせる方だ。
 とりわけ貞明皇后固執したのは皇室の伝統と慣習ではないだろうか。これだけははっきりさせておきたい──そうした意思がうかがえるのが、昭和26(1951)年年頭の歌会始に詠んだ御歌である。貞明皇后崩御する約5カ月前だ。

 このねぬる朝けの空に光ありのぼる日かげはまだ見えねども

 私はこの一首に、ある強い強い意志が密(ひそ)かに託されているように感じられてならない。この年、前回に述べたように、くしくも9月にはサンフランシスコ講和条約が締結される。確かにわが国が占領国家から一歩前進、すなわち『光』が『のぼる』はずの年である。しかし、本当の『日かげ』つまり日差しはまだこれからだ、という意味を含んでいる。
 たとえば著名な歌人・佐々木信綱の解釈によればこの歌は『今年こそ講和の締結といふ希望が、国民の心の隅々にまで浸透してゐる昭和26年の初頭にあつて、(中略)日はいまだ昇らぬけれども、日の出の時は間近い。その光明が、すでに東天にあらはれてをる、と詠ませられたもの』(西川泰彦『貞明皇后 その御歌と御詩の世界』)と紹介されている。
 けれども私には結びの『まだ見えねども』は、『いまだ昇らぬけれども、日の出の時は間近い』ではなく、日の兆しはいまだ見えないとして、さらにそこには『講和が成っても、皇室の伝統が守られる日はまだそう簡単には来そうにない』という不安感が潜んでいるのではないかと思われる。
 貞明皇后神道のみならずあらゆる宗教に寛大だったという話は三笠宮殿下からもしばしば伺った。つまり、皇室というものは一種の信仰であって、近代の科学や論理だけでは解決できない奥深いものだという意味であろうか。貞明皇后は、皇室をめぐる環境の急速に近代化されることによって、自らが孤独な覚悟を強いられる日が来ると知っていたのではないだろうか」
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昭和天皇(しょうわてんのう、1901年〈明治34年〉4月29日 - 1989年〈昭和64年〉1月7日)は、日本の第124代天皇(在位:1926年〈大正15年/昭和元年〉12月25日 - 1989年〈昭和64年〉1月7日)。諱は裕仁(ひろひと)、称号は迪宮(みちのみや)。お印は若竹(わかたけ)。
 第二次世界大戦前に即位し、日本が復興するまで60年余りに亘って在位し、帝国憲法に定められた「統治権の総攬者(そうらんしゃ)=立憲君主」としての天皇日本国憲法に定められた「象徴天皇」の両方を経験した。

 1952年(昭和27年)4月28日に日本国との平和条約(サンフランシスコ講和条約)が発効し、同年5月3日に皇居外苑で挙行された「主権回復記念式典」で天皇退位説(当時の次期皇位継承者である長男の皇太子明仁親王への譲位、当時まだ未成年であった明仁親王が成人するまでの間は、三人いた実弟のうち長弟の秩父宮雍仁親王結核を患い病弱状態にあったため、次弟の高松宮宣仁親王が摂政を務めるというもの)を否定し、引き続き「象徴天皇」として務めていくという意思を示す。また同年には、伊勢神宮と初代・神武天皇畝傍山陵、昭和天皇の祖父である明治天皇伏見桃山陵にそれぞれ親拝し、「日本の国家主権回復」を報告した。10月16日、初めて天皇・皇后が揃って靖国神社に親拝した。
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 戦後教育は、アメリカ方式となり、戦前の日本は悪の権化、昭和天皇は悪人であったという原罪意識のキリスト教史観と階級闘争マルクス史観(共産主義史観)が教えられた。
 つまり、天皇戦争犯罪天皇の戦争責任における天皇とは、昭和天皇であると。
 現代日本には、天皇否定・天皇制度廃絶の反天皇反日的日本人達が少なからず存在し、その多くが高学歴出身知的エリートに集中している。
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 護憲派の隠れた核集団とは、反天皇反日的日本人達である。
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 日本神道は、浄く正しく美しく、清涼・静寂、質素・素朴を貴び、死を穢れとし血を不浄として忌み嫌い遠ざけてきた。
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 現代日本人の詩心とは、西洋詩であって伝統文化として和歌ではない為に、天皇・皇后の御製に魅力を感じず関心も興味もない。
 一部の反天皇反日的日本人達は、中国の漢詩・詩文や故事を諳んじて喜んでいる。
 その意味で、日本から伝統的日本文明・日本文化は日本国語・日本信仰心同様に消え失せようとしている。
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 外国人移民(主に中国人移民)が増えれば、天皇家・皇室に愛着を持って存続を願う日本民族日本人は少数派となっていく。
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 「天皇・皇族・皇室を税金で養ったやっている」という考えは、不遜、傲慢である。
 没収した天皇家・皇室の私有資産で、焦土と化した日本は救われ高度経済を達成し、現代の日本は経済大国になれた。
 1980年頃までの日本人はその事実を知っていた。
 1980年後半以降の左派系新聞雑誌は、天皇制度を廃絶し天皇家・皇室を消滅させう為に、事実を意図的に消し去り、天皇・皇族・皇室は国民の税金で豪華な生活をして遊んでいるとの歪曲した情報を垂れ流し、歴史力のない日本人に反感・不公平感を醸し出そうとしてきた。
 それが、「皇室の家計簿」である。
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 日本国憲法の隠れた意図は、将来において、日本人が天皇家・皇室を見放し廃絶するように仕向ける事である。
 その手段が、11宮家の皇籍剥奪と天皇家・皇室の私有資産没収であった。
 天皇家・皇室の私有資産は、徳川家の約450万石の所領が基礎財であって、国民に重税を課して搾取資産ではないし外国を侵略して強奪資産でもない。
 天皇家・皇室の私有資産の元を辿れば、鎌倉時代承久の乱後に武士によって没収された荘園である。
 天皇家・皇室の私有資産が世界有数の資産となったのは、日本の近代化である殖産興業・富国強兵・近代教育・インフラ整備など多方面に「天皇の御威光」で投資して得た純利益である。
 明治新政府に不満・不審感を持っていた資産家は、利益を得て資産を増やすべく、「天皇の権威は最高最強不動の信用」として投資運動に加わった。
 GHQは、天皇家・皇室の私有資産を没収して国庫に収め国家財産とした。
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 天皇家・皇室とは、男系父系Y染色体神話・高天原神話・天孫降臨神話・日本民族心神話に基づく、最高神の女性神天照大神からの特殊な血筋・血統を正統性とする特別な家系・一族の出身者のことである。
 そこには、女系母系X染色体物語は存在しない。
 約2000年間受け継がれてきたヤマト大王から続く天皇は、血統・血筋、皇統を正統として来たのであって、国民の合意や憲法・法律の正当とは無関係である。。
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 古代の奈良を中心とした豪族達は、弥生の大乱を鎮め殺し合いを引き起こさない為には中心となる最終決定権者である最長老=大王を定めた。
 それがヤマト大王、後の天皇である。
 豪族たちは領地争いを起こさない為に、支配地は実質は自分の領地であったが建前として日本国土はヤマト大王の所有物とした。
 経済力、軍事力、政治力、外交力を持った強力な豪族が大王になれば争いの原因になるとして、大王は神聖不可侵の世襲制とした。
 日本が中国や朝鮮の様な地獄のような虐殺が起きなかったのは、世襲制ヤマト大王家=日本天皇家が心の穢れを鎮める歯止め役・調整役・仲介者として存在したからである。
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 帰化人は、天皇家・皇室に忠誠を誓い、日本国の為に命を捨てた。
 渡来人は、天皇家・皇室への忠誠を拒否し、自分の利益の為ならば日本国に叛旗を翻して暴動・反乱を起こしていた。
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 日本人共産主義テロリストは、キリスト教朝鮮人テロリスト同様に摂政宮裕仁皇太子(後の昭和天皇)や皇族を惨殺する為に付け狙っていた。
 共産主義者は、日本をソ連中国共産党政権のような共産主義国家に大改造する為に、数百万人数千万人を虐殺する暴力革命を目指していた。
 アメリカ・キリスト教会は、日本をキリスト教国家に生まれ変わらせるべく日本人への慈善活動と朝鮮人独立派や抗日派中国人への支援を積極的に続けていた。
 反宗教無神論マルクス主義と異教殲滅のキリスト教は、数年前の縄文時代の自然祭祀の流れを汲む皇室祭祀・宮中祭祀を消滅させようとしていた。
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 時代が進むに従い、日本のグローバル化によって、日本人と天皇家・皇室の関係が希薄となり、天皇家・皇室ヘの畏敬の念が薄れ、存続させる必要を感じない日本人が増えてきている。
 それは、メディア・報道機関が意図的に皇族のアイドル化している事でわかる。
 アイドル化とは人気を集める事であり、人気とは浮き沈みして何時かは消え去る実体なき儚いモノである。
 アイドルは、実績・功績が消える事のないスターではない。
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