⛿9¦─3─中国共産党は中国漁船団を使って日本海で戦争準備を進めている。〜No.47No.48No.49 

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   ・   ・   {東山道美濃国・百姓の次男・栗山正博}・    
 地球上、歴史上、諸外国・諸国民の中で、戦争を考えず、戦争に備えないのは、日本けである。
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 中国人は、「仇を恩で報いる」はウソで、「恩を仇で返す」がホントである。
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 中華世界(中国や朝鮮)は中華儒教性悪説として、「騙される方が悪い」のであって「騙す方は悪くない」のであり、「奪うのが悪い」のではなく「奪われる方が悪い」のである。
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 2020年12月20日号 サンデー毎日「世界透視術  金子秀敏
 『戦争準備』にフォーカス
 日本海の中央部に現れた中国漁船団の乱獲によって、日本のスルメイカ漁が打撃を受けた。この問題を報道番組『BSフジ LIVE プライムニュース』(11月26日)が取り上げていた。
 ゲストの海事専門家や自民党議員の分析によると、中国漁船団が日本の排他的経済水域EEZ)で違法操業した目的はサカナだけではなく、尖閣諸島周辺で中国海警船と対峙(たいじ)している海上保安庁の巡視船を日本海方面に向かわせようとした陽動作戦の可能性があるという。
 30メートル級の大型母船を含む約100隻の中国漁船団は、8月ごろから能登半島沖の、大和堆北大和堆と呼ばれる海底山脈で囲まれた好漁場に現れて底引き網漁を始めた。数が多く、日本の漁船が近づけなくなった。11月までに水産庁の漁業取締船が行って退去勧告の対象は延べ4,000隻に及んだ。
 中国漁船が操業した海域は日本の排他的経済水域と韓国のEEZ北朝鮮の主張する『領海』が一部重なる。中国漁船団は昨年、北朝鮮の漁業権を買い朝鮮半島沖で操業し、韓国の漁業団体が抗議していた。しかし今年の夏、北朝鮮が新型コロナ対策を理由に中国漁船の漁業権を停止したため、日本海の中央部に移動してきたらしい。
 魚船団はなぜ中国の母港に帰らず、対馬海峡を通って採算がとれるとは思えない日本海まで来たのか。尖閣諸島日本海で同時に事件が起きた場合、日本を海上保安庁が対応できるのかどうかを探れ、という中国指導部の意図があるのではないか。
 前回書いたように習近平国家主席は11月16日から、『中央全面依法治国工作会議』を開き、中国国内法に基づく警察権の執行によって外国の主権を規制する『渉外法治』という独善的な考え方を明らかにした。
 軍艦を使わず、海警船のような公船や、民間漁船の姿をした海上民兵を使って、領土主権や海洋管轄権の既成事実を積み上げる『非正規戦争』のための理論武装だ。
 『非正規戦』で事実上海軍の役割を演じるのは『海警局』。11月4日、全国人民代表大会全人代、国会に相当)は『海警法草案』を発表し、『重点島嶼(とうしょう)および排他的経済水域・大陸棚の人工島の安全を守る』ために『必要な措置を取る』ことを明記した。外国メディアは海警船の武装化に注目したが、問題は単なる海警船の武装能力向上ではない。海警船を、非正規戦を戦う主力戦力に転換しようとしていることだ。その証拠に、中国共産党は『依法治国工作会議』から2週間後の30日、党中央政治局会議を開き、習主席が『戦争準備、戦闘準備に焦点を当て注力せよ』として『すべての動員できる力を動員する』ことなどを命じ、『軍隊政治工作条例』『党統一戦線工作条例』などを審議した。条例の内容は非公開だが、『戦争準備』であることだけは間違いない。日本海でも戦争準備か。」
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 日本陸軍は、1942年発生した河南省大飢饉(餓死者300万人以上)で、1944年以降に激戦の中で食糧や医薬品などの貴重な軍需物資を運び込んで1,000万人以上の中国人飢餓民を助けた。
 日本軍は、人殺しの戦争犯罪を行い同時に人助けの人命救助も行い、日本人兵士が餓死しようと傷病死しようと敵国人被災者を助けていた。
 日本軍は、良い日本人兵士もいたし、悪い日本人兵士もいたし、それ以上に良い事もしなければ悪い事もしなかった日本人兵士が多くいた。
 世界はもとより日本でも、日本陸軍・日本軍が行った人道貢献は否定されている。
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 日本の現状は戦前にも存在した。それは大正10(1921)年のワシントン海軍軍備制限問題および極東・太平洋問題に関する国際会議、ワシントン海軍軍縮条約・ワシントン体制である。
 ワシントン体制で、欧米列強は日本に対して軍縮を強要したが、ユダヤ系国際金融資本と国際的軍需産業は中国に対しては軍拡を進めた。
 中国の軍事力強化を担ったのが、ワイマール憲法下のドイツ政府とドイツ軍であった。
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 日本を破滅へと暴走させたのは、昭和2(1927)年の第1回南京事件(2月)と蔣介石の革命外交(6月)であった。
 一方的に、理不尽に犠牲を強いられた日本人は、日本政府に中国人への懲罰・復讐・報復を要求した。
 幣原喜重郎の中国に対する協調外交が、日中戦争・太平洋戦争への導火線に火を付けた。
 諸悪の根源は、中国との戦争を避ける為の幣原外交にあった。
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 中国人共産主義者は、革命戦争の為に在華紡事件(反日暴動)と五・三〇事件(反英暴動)を起こした。
 ソ連コミンテルンは、中国共産党に対して日本やイギリスを暴動で追い込んでファシスト中国(中国国民党)と戦争させるよう示唆した。
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 何故、中国人が反英から反日なったのか。
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 日本人は、中国人が反英運動・反植民地運動・民族解放運動でイギリス製品不買運動を激化させれば、その隙を突いて日本製品を中国市場で売って大金が稼げると、漁夫の利を狙った。
 他人の弱みに付け込んだ貪欲・強欲が、中国や世界から嫌われ、日本は孤立化し追い詰められていった。
 つまり、日本人の身から出たサビ、自業自得である。
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 ウィキペディア
 五・三〇事件とは、1925年5月30日に中国・上海でデモに対して上海共同租界警察が発砲し、学生・労働者に13人の死者と40人余りの負傷者が出た事件。中国語では「五卅慘案(拼音: Wǔ-Sà Cǎn'àn)」と呼ぶ。またこの事件に続く一連の反帝国主義運動を、五・三〇運動(中国語: 五卅運動、拼音: WǔSà Yùndòng)という。
 背景
 1924年、第二次直奉戦争(zh)の余波で、中国国内は辛亥革命以来大規模な混乱を呈していた 。 特に、上海を含めた都心部は深刻なインフレに見舞われ、加えて孫文の死去(3月12日)以降、国民党はそれら各都市での反帝国主義運動をますます活発化させていった。一方共産党も上海大学の学生らを中心として同様の活動を行っていた。
 上海に本来から居住していた中国人たちは、他の都市との結束力が強く、知識人たちは工場での劣悪な労働環境や検閲に、一方労働者達は租界の地方議会で可決された12歳未満の児童に対する労働禁止法に、それぞれ不満を抱いていた。 こうして、上海市民達は租界に対する反感をつのらせていった。
 事件
 起因
 1925年、こうした彼らの不満がついに爆発する。
 5月15日、上海にある日系資本の内外綿株式会社の第8工場にて、ネオ・ラッダイト主義を標榜した暴動が発生。これに対し工場側当事者が発砲し、共産党員の工員顧正紅(zh)が重症を受け、翌日死亡。また10人以上の重軽傷者が出た。
 これが発端となり、上海では学生らを中心としてビラ配布、演説等の抗議活動を行い、また24日には顧正紅を殉教者として大規模な葬儀が行われた。
 また、運動は各都市に伝播し、29日には青島において日本の紡績工場でストライキが起こった。これに対し日本軍と北洋政府の張宗昌、温樹徳(zh)らが大規模な弾圧を加え、8人の死者と数十名の負傷者、70数名の逮捕者を出している。
 経緯
 5月28日、中国国民党上海執行部は運動の代表者らに対し、30日に大規模なデモを決行するよう呼びかけた。 だが、その当日の30日朝、抗議活動の中心となっていた学生15人が南京路にて租界の警察機関である上海公共租界巡捕房(en)に連行された。これに反発した民衆が学生らの釈放を求め、数千人規模のデモを組織した。上海租界当局および日本、イギリスなど租界の諸外国は強硬に対処し多数の逮捕者が出た。また警察も、イギリス人警部の命令で、中国人・インド人の警官がデモ隊に発砲し、参加していた学生・労働者ら13人が射殺され、40人余りが負傷した。これをきっかけに、全市規模のゼネストに発展した。
 さらに6月に始まった省港大罷工など全国に同様の運動が広がった。省港大罷工は広東省と香港で行われ、香港を封鎖した。上海を含めた他地域の運動が沈静化する中1926年10月まで続けられた。
 意義・影響
 この事件は、例えば運動の中心が学生から労働者へ変わったなど、中国の民衆運動が五四運動から次の時代・段階に入ったことを示す画期的な事件であるとされ、1925年7月の広東(広州)国民政府成立を後押しする大きな力となったとも評価されている。
 また、租界警察のウィリアム・E・フェアバーン(英語版)とエリック・A・サイクス(英語版)は事件での前近代的な鎮圧方法を反省してSWATの原型ともいえる特殊部隊を編成してフェアバーン・システムを確立した。
 日本の小説家横光利一はこの事件を題材とした小説『上海』を執筆した。
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 在華紡(ざいかぼう)とは、第二次世界大戦以前の中国において、日系資本によって経営された紡績業。
 概要
 1894年(明治27年)、綿輸出関税の撤廃によって日本の綿紡績品は先行するイギリスの製品と競争しつつ、中国市場に進出していった。1902年に三井物産によって買収された旧興泰紗廠を母体とする上海紡績が在華紡の先駆となった。1909年、最初の資本輸出として内外綿株式会社が上海に設立され、1911年には同地に工場を建設して、日本紡績業の中国進出の契機となった。
 第一次世界大戦から大戦後にかけて、日本国内における賃金上昇や国際労働機関加盟に伴う深夜業禁止政策などをきっかけとして、日本の大手紡績業の多くが上海・青島などの中国都市に進出した。1921年から翌年にかけて、日本企業のうち9社が相次いで中国に進出するなど、1925年までに計17社が進出した。
 在華紡は欧米系企業とは異なり、日本の従来の経営形態を持ち込み、現地の住民を日本国内の半額程度の安い賃金で雇用し、1925年には日本国内の1/4にあたる100万錘規模(中国全域の4割弱)を占めるようになった。中国系民族資本は、在華紡及びそれと連携した紡績業・日本商社の資本力・販売網に対抗するのが困難であった(1930年にはその投資額は満州を除いた中国全域で1億8332万円に達したとされている)。一方で、在華紡が中国進出をしていることが、日中間で様々な摩擦を引き起こすことにもつながり、1923年の旅大回復運動をきっかけとして、断続的に続いた日貨排斥運動の主要標的となった。1925年には、上海在華紡労働者のストライキがきっかけとなり、五・三〇事件が起こった。この結果、日本が張作霖政権を軍事弾圧するに至った。
 1931年の満洲事変ののち、満洲国が建国されると紡績連合、日本政府、南満州鉄道が共同出資して満洲綿花協会が発足し、中国産原綿の確保にあたった。一方、日中の対立が満州事変・第一次上海事変日中戦争と展開するにつれて、日貨排斥の動きは激化した。1938年の青島攻防戦では、在華紡地域が戦場となり、青島の在華紡は事実上潰滅した。
 だが、中国における関税自主権回復、金融恐慌・世界恐慌による日本国内市場の崩壊の流れの中で、日本の紡績業は中国での低価格での現地生産による中国市場の確保によって活路を見出す以外にはなかった。中国本土を占領した日本陸軍の保護を受けるかたちで在華紡の進出が進み、青島に代わって天津に新たな拠点が形成され、さらに敵対行為を理由に中国民族資本家から接収した紡績工場が在華紡の委任経営下に入り、中国紡績業は在華紡の支配するところとなった。だが、日本の敗戦により、逆に中国側によって在華紡の紡績工場は接収され、さらに中国革命による中華人民共和国の成立によって国営化されることとなった。 
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 日本人は、来る日も来る日も、朝な夕なに、ひたすら「護憲」と「平和」をバカの一つ覚えのように唱えていれば戦争は起きないと確信している。
 彼らは言う、人間は平和を愛し、周辺諸国は信用でき、隣国人は信頼できる、と。
 彼らは、平和の為ならば、命以外の全てを相手に投げ出す覚悟をしている。
 その為に、中国共産党国家主席国賓として日本を訪問して貰う事を切望している。
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 中国には、良い中国人は極まれで、悪い中国人が少なく、無関心な中国人が圧倒的に多かった。
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 日本軍部の対中戦略は、ソ連コミンテルン中国共産党勢力の侵略から日本・中国・満州・朝鮮の極東アジアを守るべく、親日政権を樹立して反共産主義軍事同盟を結ぶ事であった。
 日本陸軍は、満州・モンゴル・中央アジアウイグル人など)・トルコに至るユーラシア防共廻廊を建設するべくイスラム勢力に工作を行っていた。
 ポーランド軍も、対ソ戦略から日本陸軍に協力的であった。
 正統派ムスリムは、一国でロシア軍を撃破した明治天皇と軍国日本に憧れ、近代天皇を尊敬する親日派で、反宗教無神論共産主義勢力から信仰を守る為に日本軍との同盟関係を希望していた。
 欧米のユダヤ系国際金融資本や世界的軍需産業は、ソ連コミンテルン中国共産党勢力を支援していた。
 日本人共産主義テロリストは、キリスト教朝鮮人テロリスト同様に昭和天皇や皇族を惨殺する為につけ狙っていた。
 日本人共産主義者は、治安維持法などの弾圧を逃れて中国共産党の支配地に亡命し、日本転覆・天皇制度廃絶・皇室消滅の破壊工作を行っていた。
ソ連コミンテルンは、アジア全体を共産主義化する為に、日本共産党と日本人共産主義者朝鮮人共産主義者らに革命資金や武装蜂起の武器を提供していた。
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 中国共産党政府は、尖閣諸島・沖縄、沖ノ鳥島、北海道を日本から強奪する計画を進めている。
 無人尖閣諸島沖ノ鳥島を日本から奪えば、南シナ海同様に海上・上空を含めた海域支配目的の軍事要塞人工島を建設する計画である。
 もし、平和憲法下の日本が中国共産党政府との戦争を避けたければ、尖閣諸島・沖縄、沖ノ鳥島、北海道など中国側が要求する全てを与える事である。
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 古代からの日本は、強欲・貪欲な中国側の要求を拒絶し、日本列島を中心として南は琉球から北は北方領土4島に閉じ籠もった。
 天皇が認める日本と中国との国交は、寛平6(894)年の遣唐使廃止で断絶し、中国人の上陸は九州太宰府に限定しそれ以外に上陸する事は禁止された。
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 東アジア世界は、古代から徳力ではなく暴力が支配する弱肉強食の実力世界である。
 中華世界では、徳・礼・仁・義などの徳目は誰もが褒めちぎる飾りにすぎない。
 中国の領土意識は、中国人が住む土地は全て中国の領土とし、例え他国であっても一定数以上の中国人住民が求めれば中国領と認識して軍隊を派遣し、他国と戦争しても中国人居住区(チャイナタウン)を守り確保し領土に編入した。
 中国の広大な領土は、そうした侵略で拡張されていった。
 中国の対外戦略は、点だけを獲得して閉じ籠もる租界方式はなく他国領を蚕食して面を広める支配地拡張方式だけである。
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 中国共産党政府が日本に求めているウインウイン関係とは、対等な友好関係ではなく、超えては成らない分相応の上下関係である。
 中国人が主張する「面子」とは、そうした譲れない上下関係である。
 中国の常識は、「中国は上位国であり、日本は下位国である」と言う事である。
 それ故に、親中国派・媚中派は、中国の機嫌を損ねないように、中国との戦争を避ける為に、卑屈なほどに中国共産党への忖度を止めない。
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 中国共産党政府の新常態ルールでは、中国国内法は国際法の上位にあり他国の法より優先される、と定められている。
 中国のルールに従う、国には一帯一路構想に基づき利益と資金が与えられ、個人には巨額な報酬(賄賂・裏資金)が提供された。
 中国ルールに従わなければ、闇犯罪として迷宮入り事件で制裁を加えた。
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 中国軍は、中国共産党の命令に従って、日本との戦争計画を立案し、日本に勝利する為の軍備拡張と攻撃力強化を進めている。
 中国軍は臨戦態勢下にあり、日本がその挑発に乗ると戦争に発展する危険性がある。
 が、依然として日本国内は平和で、対日強硬策を推し進める中国共産党に忖度する日本人が存在する。
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 南シナ海と日本沿岸の東シナ海日本海・太平洋に出没する中国漁船の漁師の多くは中国軍と関係の深い海上民兵で、中国共産党の指示で行動している。
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 日本政府や外務省・農林水産省などは、中国漁船との衝突を避ける爲に日本漁船に危険水域への漁を自粛するよう要請している。
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 かつて、中国や韓国により多くの魚介類が捕れる近代漁法を教えたのは日本であった。
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 中国側は、北朝鮮から大和堆(やまとたい)の漁業権を購入した合法的漁だと主張している。
 つまり、中国と北朝鮮は日本の漁場を売り買いしている。
 日本は、国内の魚介類水揚げが減少し国内市場に商品数が足りない為に、中国から安価で食料魚介類を輸入している。
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