🎺41:─2─連合軍の化学兵器・細菌兵器を使用する日本本土侵攻作戦。~No.193No.194 

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   ・   ・   {東山道美濃国・百姓の次男・栗山正博}・   
 戦争は勝たなければならない、勝てば無罪であり、負ければ有罪となる。
 「負けて勝つ」・「真実や事実は語らなくても分かってもらえる」などなど相手を信用する日本的発想は、甘っちょろい「くだらない」生き方・考え方で、世界では完全に通用しない。
 事実、戦勝国であるアメリカ、ソ連(ロシア人共産主義者)、中国(中国共産党)、イギリスなどが行った人命・人道・人権無視の戦争犯罪は無罪になっている。
 その逆に、敗戦国の日本が行った幾つもの人道貢献や平和貢献は歴史から抹消されている。 
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 2021年5月27日号 週刊新潮「夏裘冬扇  片山杜秀
 オリンピックとコロネット
 暗合。暗号ではない。偶然の一致を意味する言葉だ。2021年の日本と1945年の最終段階を迎えた大日本帝国とには、何やら暗合するところがある。
 太平洋戦争末期、アメリカを中心とする連合国は日本本土進攻を計画した。日本は、本土決戦を計画した。日本は、本土決戦で戦局の劣勢を挽回し、講和条約を有利にできると、本気で信じているらしい。サイパン島硫黄島や沖縄を失うくらいでは、無条件降伏する気にはあらぬようだ。本土空襲を幾ら続けても、埒があきそうにない。本土での地上戦をやらざるを得ない。
 アメリカは作戦を2段階で考えた。最初は南九州である。45年秋、日南海岸串木野の照島海岸などから総計30~40万の地上軍を上陸させる。宮崎の都農(つの)と鹿児島の川内(せんだい)を結ぶラインの南側を占領し、特攻機の飛行場をB29の大基地に変えて、そこから日本全土への空襲を激烈化させる。
 それでもだめなら、次はどうしても首都攻略である。46年春、九十九里浜と湘南海岸に、南九州を凌(しの)ぐ規模の地上軍を上陸させて、東京を陥落させねばなるまい。
 しかも、この2つの作戦にはとんでもないプラス・アルファも付随していた。ジクロロフェノキシ酢酸等の農薬をいわゆる枯葉剤として大量散布し、日本農業を壊滅させる。第一次世界大戦西部戦線さながに日本軍陣地を毒ガス攻撃する。細菌兵器をばらまいて日本中に疫病を蔓延させ、抗戦能力を徹底的に殺(そ)ぎ落とす。神風特攻までしてくる黄色人種をもはや文明人とは見なせないという思い切りがなければ、本気で立案できない戦術ばかりと言える。
 いずれにせよ、それらはもはや歴史の遠い幻として、彼方に追い払っておきたいところだが、実はこの頃毎日、とても近しく思い出してしまう。コードネームのせいである。
 軍事作戦にはコードネームが付く。一種の暗号だ。はて、南九州攻略のプロジェクトの名は?オリンピック作戦である。暗号名にはいちいち特段の理由は無いものだろうが、やはり大戦争にケリをつけるための大勝負との含みはあるのかもしれない。金メダルの懸かる天王山というわけだ。
 が、違った説明もある。オリンピックの元々は、ギリシャ最高神ゼウスの神域・オリンピアで行われた競技会である。日本神話では、宮崎県こと日向の国は天孫降臨の地だ。のちの神武天皇が元祖皇軍と言える軍勢を率いて大和へ東征に出発したのは宮崎の海岸。そこに連合軍が殺到し、陸上競技ならぬ地上戦の激闘の末に、皇国日本の根源的な神域を占領する。だからオリンピック作戦。真偽のほどは知らないが、恐ろしい黒いユーモアを感じる。
 では、次段階の東京攻略作戦のコードネームは?コロネットである。ラテン語のコロナ(王冠)に由来する。英語ではクラウンになり、その小さなものがコロネットだ。九十九里浜と湘南から東京を迂回して進撃し、千葉県と埼玉県と神奈川県に戦線をつないで首都包囲の円環を狭める作戦の手順が、頭にトゲトゲの付いた冠を被せ締め付けてゆくよだから、そんな作戦名になったのかもしれない。
 ともかく、日本滅亡大作戦のコードネームは、片やズバリオリンピックで、片やほぼコロナだった。この暗合に暗合が潜むと思うと陰謀論だ。それはない。となれば呪いだろうか。マンハッタンというコードネームの原爆開発計画が先に成就したせいで、幻と消えたはずのコンビが、想像を絶するかたちで生き返り、本土決戦の亡霊を蘇らせるとは!降伏か、それとも徹底抗戦か。どんなゾンビ映画も驚く悪夢の展開に、神々もさぞお唸りのことでしょう。」
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日本殱滅―日本本土侵攻作戦の全貌
後期日中戦争 太平洋戦争下の中国戦線 (角川新書)
なぜ必敗の戦争を始めたのか 陸軍エリート将校反省会議 (文春新書)
真相 日本の枯葉剤 日米同盟が隠した化学兵器の正体
枯葉剤は世代をこえて ベトナム戦争と化学兵器の爪痕
母は枯葉剤を浴びた―ダイオキシンの傷あと (岩波現代文庫)
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 近代世界は欧米白人キリスト教文明絶対優位で、非白人非キリスト教徒日本人は人間以下で生殺自由な家畜・獣、奴隷と見なされていた。
 人権・人命・人道は、白人キリスト教徒と非白人キリスト教徒のみに認められた特権であった。
 軍国日本が一ヵ国で孤独に戦っていた世界、国際とは、そうした相手であった。
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 アメリカ軍や英国軍など連合軍は、日本人を差別用語「ジャップ」あるいは「イエロー・モンキー」と呼び捨てにして、人格を否定し、人間ではなく害虫とみなし日本人を殺す事は害虫駆除であるとし奨励し、事実、全ての日本人(女性や子供まで)を殺す事には罪悪感はなかった。
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 日本軍は、鬼畜米英と叫んでアメリカ人やイギリス人を殺した。
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 日本国民は一枚岩ではなく、アメリカ・ソ連に国家機密を流している売国奴的利敵行為の日本人が多数存在していた。
 そして、日本国内に住む200万人以上の朝鮮人と十数万人の中国人の中にも反天皇反日本活動を続けている過激派・テロリストもいて、もし、連合軍が日本本土侵攻を実行すれば彼らは一斉蜂起する危険性があった。
 事実、中国人労働者の暴動事件が起きていた。
 つまり、本土決戦による一億玉砕は祖国に殉じて死にたいと希望する日本人の夢物語に過ぎなかった。
 朝鮮人や中国人が、敗北・絶滅する日本人の知人・友人・親友・戦友として命を捨てて共に戦わない事は現代の中国や韓国を見れば一目瞭然である。
 連合軍は、朝鮮全土での朝鮮人キリスト教徒を中心とした独立武装蜂起を期待していた。
 日本人の中にも反天皇反民族反日本のマルクス主義者・共産主義者が潜み、ソ連中国共産党に通じていた。
 そして、キリスト教会は多くの日本人キリシタンを抱えていた。
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 もし、二発の原爆投下実験が不成功に終わればアメリカは日本本土侵攻作戦を実行し、米・英・ソ・中の連合軍は日本を分割占領し天皇制度国家日本を地上から消し去った、事だろう。
 その結果として、民族国家日本は消滅し、日本列島はキリスト教国日本、共産主義民共和国日本、中華文明圏国家日本の3ヵ国に分解された。
 つまり、幕末日本・近代日本・明治日本を襲った外敵・夷狄による恐怖である。
 日本を分裂消滅の危機から救ったのは、中国・ファシスト中国(中国国民党)・中国共産党ではない。
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 敗戦国民日本人は、連合国・アメリカ・GHQに対して抵抗を一切せず、奴隷の如く、従順な羊の様に、占領者を新たな支配者・主君・領主として迎え仰ぎ、無理難題な命令に反対・拒否せず唯々諾々と受け入れて実行した。
 権力者・権威者に対して土下座して畏まる、それが日本人の偽らざる真の姿である。
 日本人にとって統治者が、日本人ではなくアメリカ人であろうと中国人、朝鮮人、ロシア人でも、それこそ誰でも構わなかった。
 それが、日本の町人気質・百姓根性である。
 それは、外圧に弱い現代日本人でも同様である。
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 勝てば官軍、負ければ賊軍。
 歴史は、勝者・大国が自分に都合の良い様に改竄・捏造・歪曲で嘘で書き上げ、都合の悪い事は全て敗者・小国に押し付ける。
 戦争犯罪は、敗者・小国に問われ、勝者・大国が問われる事がない。
 その証拠が、出来合いレースで、三文小説的低俗な茶番劇そのものの東京裁判であった。
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 1945年7月頃、昭和天皇と軍国日本は沖縄戦の敗北で抗戦派不可能と判断し、アメリカ・イギリスなどの連合国に対して降伏の意思を伝え、中立を保っていたソ連にその降伏交渉の仲介を依頼した。
 日本の外務・陸軍・海軍は個別に、スイスでアメリカ大統領に直結している情報機関OSSとの間で極秘裏での降伏工作を進めていた。
 ソ連は、日露戦争の報復と太平洋への不凍港獲得を目的として、北海道・北方領土4島そして千島列島、南樺太を日本から強奪する為に、昭和天皇と軍国日本からの降伏交渉仲介依頼を引き延ばしていた。
 北方領土と北海道の領土化は、ロシアの永年の夢であった。
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 アメリカによる原爆投下は、トルーマン大統領が日本の降伏前に実施するように命じた投下実験である。
 戦場投下実験は、放射性物資の型が違う各一発づつの2回命令された。
 つまり、ヒロシマに対してはウラン型原爆を、ナガサキにはプルトニウム型原爆である。
 軍国日本と日本人は、原爆投下実験のモルモットにされた。
 事実、戦後、ヒロシマナガサキに入ったアメリカの科学者・医者・軍人ら調査団は、被曝者の治療ではなくもがき苦しみながら死に行くデス・データを冷静に科学的に収集した。
 原爆投下実験計画において、日本に対する三発目はよていされていなかった。
 何故なら、放射性物質の型違いの原爆投下実験である以上、別種の水素爆弾(水爆)が完成していれば水爆が三発目として使用されたが、この時点において水爆は完成していなかった。
 水爆実験は、昭和29(1954)年にビキニ環礁で戦艦長門や多くの軍艦を並べて実施された。第五福竜丸事件。映画「ゴジラ」。
 枯葉剤兵器の威力は、ベトナム戦争で科学的に実証された。
 アメリカは、計画していた2発の原爆投下実験が成功裡で終了してから昭和天皇と軍国日本の降伏を認めた。
 軍国日本が、昭和天皇の命と地位そして天皇制度と皇室存続を保証する国体護持の条項が削除されたポツダム宣言を、コメントしないと黙殺した為にヒロシマナガサキの原爆投下が行われたわけではなかった。
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 日本への原爆投下実験に関与したのが、アメリカ、イギリス、カナダの3ヵ国で、トルーマン大統領に実験決行の後押ししたのはチャーチルであった。
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 戦国時代は、悲惨で、酷たらしい地獄であった。
 武士・サムライが、百姓を嫌い差別し「生かさず殺さず」の支配を続けたのには理由があり、戦国の気風が残っていた江戸時代初期に斬り捨て御免が横行していたには理由があった。
 日本は、誰も助けてくれないブラック社会であった。
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 庶民にとって、領主が誰であったも関係ない。
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 日本の庶民(百姓や町人)は、中華や西洋など世界の民衆・大衆・人民・市民とは違って、油断も隙もない、あさましく、えげつなく、おぞましく人間であった。
 町人は、戦場を見渡せる安全な高台や川の反対岸などの陣取って、酒や弁当を持ち込み遊女らを侍(はべ)らせて宴会を開き、合戦を観戦して楽しんだ。
 町人にとって、合戦・戦争は刺激的な娯楽で、武士・サムライが意地を賭けた喧嘩・殺し合いは止める必要のない楽しみであった。
 百姓は、合戦が終われば戦場に群がり、死者を弔う名目で死者の身包みを剥ぎ裸にして大きな穴に放り込んで埋め、奪った武器・武具・衣服などを商人に売って現金化し、勝った側で負傷した武士は助けて送り届けて褒美を貰い、負けた側の負傷した武士は殺し或いは逃げた武士は落ち武者狩りで殺し大将首なら勝った側に届けて褒美を貰った。
 百姓にとって、合戦は田畑を荒らされ農作物を奪われる人災であったが、同時に戦場荒らしや落ち武者狩りでなどで大金を稼ぐ美味しい副業であった。
 合戦に狩り出された庶民は、足軽・雑兵以下の小者・人夫・下男として陣地造りの作事を強要されるが、合戦が始まれば主君を見捨てて我先に一目散に逃げ、勝ち戦となれば勝者の当然の権利として「乱取り」を行い、敵地で金目の品物を略奪し、逃げ遅れた女子供を捉えて人買い商人に奴隷として売った。
 百姓や町人らの合戦見物・戦場荒らしは死者への敬意や死体の尊厳を無視するだけに、古代ローマ時代の剣闘士が殺し合うコロセウムより酷かった。
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 武将は、足軽・雑兵、小者・人夫・下男による乱取りを黙認していた。
 乱取りで捕まった女子供は、各地の奴隷市で日本人商人に買われ、日本人商人は宣教師を通じて白人キリスト教徒の奴隷商人に売って金儲けをしていた。
 中世キリスト教会と白人キリスト教徒奴隷商人は、奴隷として買った日本人を世界中に輸出して金儲けしていた。
 日本人奴隷を生み出していたのは、乱取りを行った百姓達であった。
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 現代日本人は、潔くカッコイイ武士・サムライの子孫ではなく、乱取りをし日本人を奴隷として売って大金を稼いでいた庶民の子孫である。
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