🎺40:─3・B─台湾沖航空戦の戦果と大本営発表の誤報。~No.179No.180No.181・ 

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 台湾沖航空戦(1944年10月12日 - 10月16日)は、第二次世界大戦大東亜戦争)中の捷号作戦準備中に、台湾から沖縄にかけての航空基地を攻撃したアメリカ海軍空母機動部隊を、日本軍の基地航空部隊が迎撃したことで発生した航空戦。アメリカ軍の損害は軽微なものであったが、日本軍は大戦果と誤認した。
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 2021年8月26日号 週刊新潮「夏裘冬扇  片山杜秀
 祭りの後はお気の毒様
 ──台湾沖航空戦異聞──
 日本はやった!明るいニュースに飢えていたこの国は歓喜の声が炸裂した。五輪の話ではない。日米開戦4年目の1944(昭和19)年10月16日、大本営は、台湾空襲に来た米海軍の大機動部隊を見事返り討ちにしたと発表した。空母11隻、戦艦2隻!日本中がお祭りになった。
 木村義雄と言えば昭和の将棋の大名人。藤井聡太9段の4代以上の師匠でもある。彼は菊池寬と対談し、興奮を隠さない。『サイパンとかテニアンとかいふ所は将棋でいへば捨駒で、それが皆名手だつた訳だ。名手といふのは大抵犠牲手です。将棋では大抵飛車とか角を捨てて敵の主力をやつける』。サイパン島で一般国民も巻き込む玉砕戦を展開し、肉を切らせたからこそ、台湾沖で骨を断てたと語る。
 サイパン失陥の責任を取り退陣した東條内閣の後を受けた小磯国昭首相も、就任4カ月目でやっと胸を張った。戦局を挽回したぞ!国民の皆さんには生活必需品の配給制を骨子とする耐乏生活をお願いしているが、あと少しの辛抱だ!政府は東京都民に『祝い酒』を特別配給した。もしも当時、世論調査があれば、内閣支持率爆上げの瞬間だ。
 が、祭りは一瞬で終わる。10月下旬、沈んだはずの敵機動部隊がフィリピンに襲いかかる。大本営は戦果を大誤認していた。途端に口をつぐんだ。
 これがほんとの糠(ぬか)喜び。秋の日は釣瓶落とし。44年の暮れに向かい、この国は全速で坂を転げ落ちる。社会が荒(すさ)み、労働者の怠業(たいぎょう)が目立ち始め、公共交通機関が乱れ出す。が、最大の問題は食糧不足。国民を飢えから守るはずの配給制度が裏目に出る。農村では働き手が徴兵されて生産力はがた落ち。それなのに、国家は安い公定価格で穀物や野菜や肉類も買い叩こうとする。農民は面従腹背を決め込む。お上の言うことを聞いていたら身の破滅。法令を遵守せず、生産物を隠匿し、闇市場に高く卸す。配給品はいつも品薄。
 外交評論家の清沢洌は44年11月の日記に興味深い噂話を書き留めている。怪しい大荷物を抱えて列車の座席を占領する闇商人の多くは朝鮮人ではないかというのだ。彼らは、欧州におけるユダヤ人と同じく、不当に差別されがちな少数民族として独特に連帯し、全国的なネットワークを拵(こしら)えている。しかも朝鮮総督府の方針により皆が日本風の通り名を使うので、官憲も十分に把握できない。そのメリットを最大限に活用し、闇経済を回しているのではないか。もうひとつの日本経済が陰に出来つつあるのではないか。清沢はそんな推論をしているようだ。
 どこまで事実かは分からない。しかし、戦争末期の日本国民が、政府に従って合法的に暮らしてひもじくなるばかりの真面目な小心者と、政府に従わず脱法的に振る舞って肥え太るばかりのしたたかな不届き者とに、急激に分断されていったことは確かだろう。しかも、その構図を理解するのに、真偽はともかく、清沢は民族問題を持ち出している。いつもながらの日本的想像力というものがあろうか。
 そして11月24日、ついにB29による東京空襲が始まる。29日から30日にかけての空襲は、軍需工場のみならず、都心の市街地も対象として、焼き出される者が続出した。が、政府による救援は手薄すぎた。都民に推奨されたのは地方への縁故疎開である。自助でよろしくということだ。
 幻の祭りの糠喜びから一月半も経っていない。あっという間の地獄落ち。小磯内閣は空襲被害者に『お気の毒様』と言ったとか言わなかったとか。民心は、離反するときは早い。今年の日本も祭りの後の辛抱どころを迎えます。」
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 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典「台湾沖航空戦」の解説
 台湾沖航空戦
 太平洋戦争中,1944年 10月 12~16日に台湾を空襲したアメリカ機動部隊と日本の基地航空部隊との航空戦。 10月 12日にアメリカ機動部隊から発進した約 1400機が台湾南部,北部を空襲したので,豊田副武連合艦隊司令長官は「捷号 (しょうごう) 作戦」を発動して第2,3航空艦隊 (基地航空部隊) ,海上護衛用機まで投入して反撃を命じた。日本の基地航空隊,特に夜間レーダ (電探) 雷撃を主任務としたT部隊は台湾沖,フィリピン方面にあるアメリカ機動部隊に反復攻撃を加え,大本営は撃沈航空母艦 (空母) 11隻,戦艦2隻,巡洋艦3隻,巡洋艦または駆逐艦1隻,大破空母8隻,戦艦2隻,巡洋艦1隻などの戦果を発表した。しかし夜間のための自爆機の誤認,電探に対する電波妨害,搭乗員の技量低下,戦果判定の不適切などのため,実際にはアメリカの巡洋艦2隻を大破し,空母2隻,軽巡洋艦2隻に軽微な損害を与えただけであった。日本側が約 650機を失ったのに対し,アメリカ側は 75機であった。日本側の誇大な戦果の判断によって大本営アメリカ海軍が壊滅したと信じ,追撃戦を命令するなどその後の作戦指導に大きな影響を与えた。
 出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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NHKスペシャル 幻の大戦果 台湾沖航空戦の真相
台湾沖航空戦―T攻撃部隊 陸海軍雷撃隊の死闘 (光人社NF文庫)
零戦の死闘―天王山の闘い/トラック島、マリアナ沖海戦、台湾沖航空戦、比島沖海戦、マレー・ビルマ (伝承・零戦空戦記)
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 日本海軍による台湾沖航空戦勝利の虚報は、ゼロ戦を含む日本の軍用機は攻撃すれば必ず勝利・成果をあげるという「優秀神話」「常勝神話」に基ずく前向き、積極的、楽天的な自信がもたらした。
 が、日本海軍内部でも実際の戦果はそれほどでもなさそうなな事を薄々分かっていたが、努力をする身内・仲間内の恥は外・他人にさらさないという蛸壺的な「内輪の論理」から事実を隠蔽し、戦果を偽装・改竄・捏造し、嘘の上に嘘を重ねて誤魔化して、海軍の他部署はもちろん政府・陸軍そして国民にも「戦果は虚報で、むしろ航空部隊に深刻な被害が出た」という作戦の失敗を知らせなかった。
 つまり、失敗の事実を知るのは海軍部内の一部だけであった。
 もし、この時、本当の事を包み隠さず打ち明けていたら、日本国民は日本海軍・航空戦力では勝てない事を自覚して戦う自信をなくし、軍国日本は絶望的な国民意識で内部から崩壊し敗北した、可能性がある。
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 飢えに苦しんでも、「最後の勝利」「一億総玉砕」「本土決戦」という望み、夢、希望が挫けそうな心をさせていた。
 事実、戦争中は絶望的な食糧不足であったが餓死者を出さなかったのが、敗戦とともに大都市の路上生活を続けた戦災孤児の中から数多くの餓死者が出た。
 大人達は、路上で餓死や病死した戦争孤児を犬や猫の死体のように穢らわしいものとして処分した。
 それが、日本人の偽らざる本性である。
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 何れにしても、意味もない、くだらない精神主義に基ずく「神風神話」は嘘の上塗りで作られていった。
 神風神話の元になったのは、元寇における自然現象である暴雨ではなく、真珠湾奇襲攻撃で世界最強のアメリカ戦艦艦隊を撃滅し、マレー沖海戦でイギリスの最新鋭戦艦2隻を撃沈した、と言う現実の輝かしい戦果を持つ日本の航空機に対する「優秀神話」「常勝神話」であった。
 神風を吹かすのは人であって自然ではないとして、特攻機カミカゼと呼んだ。
 台風では、頑強な軍艦は沈没しない。
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 日本国内に「陸軍は横暴で嘘を付くが、海軍は誠実で嘘を付かない」という認識が広がり、戦後に「陸軍=悪、海軍=善」という根拠のない常識が生まれた。
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 日本人の中で唯一人、文系的思考・理系的思考・宗教的思考を均等にあわせ持つ昭和天皇だけは「それは謝り」ではないかと感じていた。
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