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2021年10月1日 MicrosoftNews JBpress「今の日本に中国のCPTPP加盟を止める手立てはない
小川 博司
© JBpress 提供 CPTPPへの加盟を申請した中国の習近平国家主席(写真:ロイター/アフロ)
© JBpress 提供 自民党の新総裁に選出された岸田氏。CPTPPに米国を引き込むことはできるだろうか(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)
なぜ米国はTPPに戻ってくることはないのか
9月16日に中国が環太平洋パートナーシップに関する包括的および先進的な協定(CPTPP、いわゆるTPP11)への加盟を正式に申請してから2週間が過ぎた。その1週間後の9月23日には、台湾も加盟申請している。日本では、加藤官房長官が「中国の加盟はルールに則って進める」「台湾の加盟は歓迎する」と述べたが、両者の扱いの違いは鮮明だ。
また、自民党の政治家や元官僚、テレビのコメンテーターなどが、「中国はCPTPPのルールをクリアできないので加盟できない」「CPTPPはもともと中国包囲網のためのものだ」などと、対中強硬姿勢を表明している(これは、筆者がYouTubeや新聞電子版等で得た情報に限られる点をご了解頂きたいが、恐らく今の日本の代表的な意見だと言えるのではないか)。
一方、TPPを作ろうとした本家本元の米国では、シンクタンクやメディアが、トランプ政権でTPP離脱した後、バイデン政権になっても加盟の動きを見せなかったために後手に回った、と嘆くような論調にある。
ただ、茂木外相が9月22日から、菅首相が9月24日から訪米しており、CPTPPついて首脳会談(茂木外相はブリンケン国務長官と会談)で触れたことは本人などの発言でわかっているが、バイデン政権は特にコメントをしていない。つまり、今の米国はトランプ政権の時と同じく、TPPには興味を持っていない印象がある。
日本の報道を見る限り、大方の意見は、CPTPP加盟国のうち、少なくともオーストラリアとメキシコが中国の加盟に厳しい態度をとるだろうから、中国の加盟はほぼ不可能というものだ。果たしてそうなのだろうか。
中国加盟反対派の論理
本件については、同じメディアでも、中国加盟に否定的な論調の強い日本と、中国に先を越される前に手を打てという論調の米国で大きな違いがある。米国では、中国の加盟は時間の問題との見方が根底にあるようで、それを何とかせよと国内世論に訴えていることがわかる。
日本における対中強硬派のよって立つところは、日米安全保障条約により米国が日本のために戦ってくれるということが前提にある。1年前に誕生した菅政権も、尖閣問題に安保条約第5条(米国が日本の領土を守るという条項)が適用されるということを確認してから、仕事が始まったと言っても過言ではない。
それなのに、中国のCPTPP加盟に否定的な日本人の見解は、いつでも中国に鉄槌を下せると言わんばかりの勇ましさを感じさせる。それが事実なら、日本はメチャクチャ恰好が良く、米国が入らない複数国の経済条約における強いリーダーだと言えるだろう。
しかし、日中戦争の開始前に半年で中国を落として見せると豪語した杉山陸軍参謀総長や、真珠湾奇襲攻撃で米国の戦意を失わせる(そして早期講和に持ち込む)と考えた山本連合艦隊司令長官のように、その強心の背景にあるものは脆くはないのか、という疑問が湧くのは筆者だけではないだろう。
日中戦争では、中国は広く、蒋介石軍はしぶとかった上に、毛沢東の共産党軍も出てきて泥沼の戦いが長期化した。対米開戦は、真珠湾に空母がいなかったなどの理屈を持ち出す向きは多いものの、いずれにせよ、米国は戦意を失うどころか復讐心を燃やしてしまった。
興味深いことに、中国のCPTPP反対論者の中には交渉の仕方や他のCPTPP加盟国の動きなどまで想像する人も少なからずいる。第二次世界大戦前の戦争遂行要領と同じで、戦う前のプランに酔っている印象さえ受ける。
しかし、これらは現実的ではない。その理由は二つある。
中国がクリアできない問題とは何なのか
第一に、14億人の人口を擁する強大な市場である中国との間で関税を撤廃できるなどの経済的メリットがあるのに、それを現時点での感情等で捨てるという自己破壊的な国がアジア・オセアニアの中で実際に存在すると考えることの無理である。
確かに、オーストラリアはコロナ禍で中国を批判し、貿易面での攻撃を受けている。しかし、中国と全面的な貿易戦争をする覚悟があるとは思えない。メキシコもしかりだ。
しかも、劉鶴経済担当副首相や王毅外相ではなく、習近平主席が自ら声明を発表したCPTPPへの加盟申請を拒否する国は、同主席の顔に泥を塗るのも同然だ。中国が全面的に貿易を中止するリスクを恐れるのではないだろうか。
第二に、CPTPP加盟国のうちベトナムとシンガポールを除けば純粋な民主主義国で、選挙によってリーダーが変わる。このため、仮に現政権が中国の加盟反対を主張したとしても、次の政権が賛成に回る可能性がある。まして、中国による貿易全面停止で経済に打撃を受けたことが選挙における敗戦の理由だとなれば、次期政権が賛成に回るのは火を見るより明らかだ。
日本とて同じである。結局、日本政府の外にいる人々が、細かい理屈を順序立てて立派な戦術を作ったとしても、それが政府によって実行に移されるというのは期待し難いと考えるべきだろう。
もちろん、国有企業の影響度、知的財産権の保全、資本の自由化(海外からの投資の自由化)、労働者の権利を守ること(新疆ウイグル地区でのジェノサイド疑惑の解消)など、中国がクリアしなければならない問題はある。多くの反対論者が口を揃える根拠だ。
ただ、中国の加盟申請が受理されたということは、加盟のための交渉機会を手に入れたことを忘れてはならない。その交渉において、これらの問題は果たして中国にとって解決できない課題として残るのだろうか。そうは思えない。
中国の加盟を防ぐ手立てはあるか?
2020年12月、中国の習近平主席は、ドイツのメルケル首相、フランスのマクロン大統領、EUのミシェル大統領、欧州委員会のフォンデアライエン委員長とオンライン会談をして、中国EU包括投資協定(CAI)の妥結を宣言した。中国がEUの求める基準をすべて飲んだ賜物である。
中国とすれば、ドイツが中国に厳しい基準を適用してきたのは事実ではあるものの、その基準に抵触した例はほとんどないと言われる程度の適用だったため、中国の行動は筆者でもある程度は予想が出来た。CPTPPもそうならないとは言えない。
ところが、EUの中で民主主義や資本主義という意識が台頭したために(そう筆者は受け止めている)、感情的なもつれもあって、2021年6月にCAIは凍結されてしまった。CPTPPもそうなるだろうと予測している向きは多い。
その考えはわからなくもないものの、アジア・オセアニア諸国には、EU諸国のような民主主義や資本主義の長く複雑な歴史はなく、また中国を見下すという感覚もない。利益優先となるのはむしろ自然だ。一度合意に達すれば、それで中国の加盟プロセスは進むだろう。
CPTPP議長国を務める日本からすれば、中国がクリアしなければならない問題は数多くあると感じるのかもしれない。ただ、中国側が期限を付けてすべて受け入れる、または事実関係の調査を受け入れるという反応をとれば、それでOKということになる。結果を待ってOKという回答も出来ようが、これは時間が解決するかもしれない。ジェノサイドについては、現場の写真が出てきていないのも弱点だと言えるだろう。
この時に、「それは騙されているんだ」と叫ぶ専門家もいるだろうが、中国自身が条件を飲むと言った場合に、それを嘘だと言える根拠はどこにもない。
CPTPPへの追加加盟については、(1)加入審査の段階で反対を叫ぶ国が出るか(例えば、中国が多少の猶予期間を欲しいと言った場合にそれは駄目という国があるか)、(2)審査が終了した後の段階で「嫌だ」という国が出てくるか(これは理屈ではなく、また理由を言う必要もなく、「反対」を唱えるだけでいい)の2点をクリアできれば、加盟決定となる仕組みになっている。
日本の加藤官房長官が、「ルールに則って」とコメントした理由もここにあり、日本は中国が審査をクリアすれば、最後には反対しないという意味である。しかも、「ルール」は厳格に守るべきものだが、米国という中国と丁々発止で渡り合える国がCPTPPの中に存在しない以上、ルール順守が甘くなる可能性を否定できないのも事実である。米国が懸念する最大のポイントだ。
つまり、中国が融和的な態度で条件をクリアできると宣言した場合に、それを止める手段はないのである。
結局のところ、尖閣問題と同様に、日本における対中強硬派の意見を現実のものとするためには米国の支援が必要である。そもそも、ブッシュ大統領が2008年9月にTPPの元となる案を出した背景も、中国を自分たちの世界(民主主義と資本主義)に取り込もうとする目的があった。オバマ大統領がそれを一段と推進しようとして生まれたのがTPPである。オバマ政権末期には、TPPに中国を取り込まなければ、中国包囲網を作ることになるという発想も出ていたのは事実である。
しかし、なぜかオバマ大統領は2014年の議会承認の段階で対応を遅らせてしまい、そのまま2017年にトランプ大統領がTPPから撤退を決定した。トランプ大統領が悪いのだと指摘される由縁である。
ただ、国務長官時代にはTPPを「金本位制の復活のようだ」と賛美したヒラリー・クリントン氏も、2016年の大統領選挙ではTPPの推進を宣言することを避けた(実質的に反対した)。バーニー・サンダース上院議員も本件についてはトランプ大統領と同じ考えだったので、実は、2017年には誰が大統領でもTPPから撤退したというのが本当のところだとする見方も決して少なくない。
バイデン副大統領は、その経緯をすべて熟知しているだろう。また、サンダース上院議員以下、急進派議員の反対を押してCPTPPに加盟することが、アフガニスタン問題などで減点となっている自分の政権にとって得策かどうかも考えているだろう。
ピーターソン国際経済研究所の試算によれば、CPTPPに加盟した場合の米国のメリットは2030年までに国民所得が1300億ドル増える。この金額は米国の経済規模からすれば悪くはないかもしれないが、バイデン政権が民主党内部や共和党の議員の反対、さらに国内世論の反発というリスクを冒して推進するほどの魅力はない。
考えてみれば米国は馬鹿なことをしたと言える。TPPの参加国が米国にメリットを与えることを飲んだのに、米国はそれでもメリットが少ないとして撤退した。その後の中国の一段の成長と覇権への野心を考えれば、失敗だったと言えるだろう。『フラット化する世界』を書いたトーマス・フリードマンは、ニューヨーク・タイムズのコラム欄で、「tragic comedy(悲喜劇)以上のもの」だと断言している。
また、ウォールストリート・ジャーナルのエディトリアル・ボード(論説委員会)は、中国のCPTPP加盟申請は、米英豪による安全保障協力の枠組み「AUKUS(オーカス)」の締結とオーストラリアへの原潜輸出に対抗した政治的措置だと指摘している。確かに、AUKUSとCPTPPへの中国加盟の話は、オーストラリアの奪い合いということだとも考えられる。安全保障と経済は別物だが、国際政治という一つの枠の中では密接に関連している。
バイデン大統領の意思が明らかになる時
今回の中国によるCPTPP加盟申請の問題で、米国メディアや専門家が、「アメリカ・ファースト」で国際協調から遠のいたトランプ政権の後も、内向きの姿勢を強めている雰囲気のバイデン政権に不満であることがわかった。
恐らく、バイデン大統領の意思が明確になるのは、11月中旬にニュージーランドで開かれるアジア太平洋経済協力会議(APEC)会合の時であろう。ところが、日本は衆議院議員選挙のため、その期間は米国の説得まで手が回らない。新首相となる岸田前政調会長が、CPTPPへの加盟を米政権に働きかけたいのであれば、衆院選を10月末ギリギリまで伸ばして、その間にやるしかない。
先ほども述べたように、仮に中国がCPTPP加盟の条件を飲むことを前提に加盟しようとしてくれば、表立って拒否する理由はない。そもそも、対中強硬派が指摘する条件をクリアする気がなければ、中国は加盟申請しなかったと考えるのが妥当ではないだろうか。」
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