💢79:─7・B─日本国内のウクライナに降伏を促す声。ロシア軍による市民虐殺事件。~No.345 

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 2022年4月6日 MicrosoftNews AERA dot.「ウクライナに降伏を促す声は「ロシアの本質を知らない人の発言」 元ラトビア大使が語る“狡猾”の歴史
 © AERA dot. 提供 元ラトビア大使の多賀敏行さん(写真本人提供)
 ロシアの脅威と隣り合わせで生きる周辺諸国にとって、情報収集と分析は生命線だ。プーチン大統領の動向については、常に観察と分析を重ねている。ロシアと国境を接し、バルト海に面するラトビアで日本大使を務めたことのある多賀敏行さんは、領土拡張の野心に満ちたプーチンとロシアの「本質」について語る。
 ※記事前編 <<「プーチンにとって核はただの爆弾」 元ラトビア大使が警告するロシアの脅威と核のカード>>から続く
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 2014年、クリミア併合の少し前のことだ。
 多賀元大使は、大使公邸での夕食会にラトビアの政治家や有識者を招き、情報を交換する機会を持った。
 参加者のラトビア人のひとりが、プーチンについてこんな話を持ち出した。
 「最近、ロシア国内で変な動きがあり、気になる。プーチンは学校の歴史教科書を書き換えているようだ。レーニンロシア革命への賛辞が消え、帝政ロシアがいかに偉大であったかについての記述が大幅に増えた」
 プーチンクリミア半島を武力で併合したのは、その数カ月後のことであった。
 「振り返れば、この教科書の記述変更の情報は、クリミアへの侵略を予測させるものでした」(多賀元大使) 
 というのも、実はこのとき、ラトビアにもロシアの手が伸びていたのだ。
 「ロシアはクリミア半島に続き、ラトビア奪取の計画を立てていたのです」(多賀元大使)
■ロシア系住民を煽って暴動を勃発
 クリミア併合の混乱のなか、多賀元大使は大使として現地で情報を集めていた。するとラトビアの軍事評論家から、こんな情報を耳打ちされた。
 「このクリミア半島併合のあと、プーチンは次の目標としてラトビア侵略と奪取を計画していた」
 軍事評論家によると、計画は次のようなものだった。
 手始めにモスクワは、ラトビアに文化使節団を送る計画を練った。目的は、この使節団を受け入れるラトビア側の組織団体に活動資金を注ぎ込み、ロシア系住民による反ラトビア政府活動の拠点をつくることだ。
 「ロシア系住民を煽ってデモや暴動を勃発させる。暴動を止めるラトビア警察によってロシア系住民に死傷者が出ればしめたものです。ロシアは、すぐに軍隊を送り込み事態を鎮圧する。ロシア軍はそのままラトビアに居すわり、ラトビア侵略の拠点とする予定だったのでしょう。幸いにも、ラトビア側で積極的に受け入れようという組織団体が見つからなかったと聞きました」(多賀元大使)
 軍事評論家の情報によれば、計画は頓挫し、ロシアはラトビア奪取を諦めたという。
 今回のウクライナ侵攻でも、次にプーチンが侵略するのはラトビアであるとの報道がいくつも流れた。
 「プーチン帝政ロシア時代のように領土拡大を目指すという、ラトビア時代の分析は、そう外れていないとも思います」(多賀元大使)
 そして、今回のウクライナ侵攻は、日本にとっても重い現実を突きつけた。
 「日本では、いつか北方領土が返還されると、根拠もないまま楽観的な観測を時の政権が口にしていました。日本は、少なくとも政治レベルではロシア外交の狡猾さを十分には理解していなかった。しかし、民間人の虐殺を重ねても、欲しい土地の奪取に執着するのが、プーチンです。もはや、北方領土の返還など期待できないとの雰囲気が強まったと思います」(多賀元大使)
■領土拡張の野心に満ちたロシア
 興味深い話がある。
 10年ほど前に、駐日ラトビア大使が日本外務省の関係者と話をしていたときのことである。
 多賀元大使によれば、ラトビア大使は、はっきりとこう述べた。
 「北方領土が返還されると信じて、それを前提に外交交渉を続けている日本の関係者のナイーブさには、ほとほとあきれる」
 ロシアに国土を奪われ、残酷さ、狡猾さに長年苦しめられてきたラトビアの外交官の言葉には重みがある。
 日本は、敗戦国として連合国、実質的にはアメリカの占領下に置かれた。
 「誤解を恐れずに言えば、世界の占領下で行われた虐殺などの歴史を鑑みれば、日本の占領は、異例ともいえる『寛容』な占領でした。さらに、沖縄も平和裏に返還された。これは、世界の歴史を振り返っても極めてまれなことです」
 しかし、いま北方領土を占領しているのは、ロシアだ。歴史を振り返ってもロシアは領土拡張の野心に満ちた国だ。そこに根本的な違いがある、と多賀元大使は見る。
 ウクライナに対して、譲歩や降伏をすべきだといった意見が日本のコメンテーターなどから出た。
 「これは、ロシアの本質を知らないがゆえの発言でしょう。ラトビアでは1940年代にロシアの支配に抵抗する体力と知力を持ったインテリ層と富農層が徹底的に排除されました。ある日突然、トランク一個で列車に放り込まれシベリアに連行されたのです。彼らの多くは厳しい寒さのために命を落としました。戦後に日本を占領したのがロシアであったら、日本という国は滅びていた、といまでも思います」 
 ある国が他の国を侵略しようとする陰謀は過去のことではなく、いまこの瞬間にも世界中で渦巻いている、と多賀元大使は考える。
 「穏やかな国民性の日本人は性善説に立って考えがちです。ところが、一歩国外に出れば、想像もつかないような非情の世界が待っています」
 2014年と今回のウクライナの危機、そして1918年のラトビア建国以来の艱難辛苦(かんなんしんく)から学ぶことは多いはずだ。
 ◯多賀敏行(たが・としゆき)
 1950(昭和25)年三重県松阪市生まれ。一橋大学法学部卒業。ケンブリッジ大学法学修士号取得。74年外務省入省後、在マレーシア大使館、国連日本政府代表部勤務。宮内庁侍従、在ジュネーブ国際機関日本政府代表部公使などを経て、在バンクーバー総領事、東京都儀典長、駐チュニジア、駐ラトビア特命全権大使を歴任。現在は中京大学客員教授。 著書に『外交官の「うな重方式」英語勉強法』などがある。
 (AERA dot.編集部・永井貴子)
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 日本国内には、国家・国民(民族)・国土よりも人命を優先する日本人が少なからず存在し、平和主義者である彼らは如何なる理由があろうとも武器を取って戦う・戦争・抵抗をする事に猛反対している。
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 4月6日21:21 産経新聞「露軍の「戦争犯罪」証言相次ぐ 首都近郊以外でも
 ロシア軍がウクライナで行った残虐な行為が相次ぎ報告されている。無抵抗の市民の殺害や女性への性的暴行など、報告は露軍が撤退した首都キーウ(キエフ)近郊にとどまらない。「戦争犯罪」追及の声が高まる中、被害はさらに広がる恐れがある。
 国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウオッチ(HRW)は3日、ロシア軍に一時占拠された地域の住民ら10人の証言を基に「戦争犯罪」の事例を公表した。
 HRWが紹介した目撃者の話によると、キーウ近郊ブチャでは露軍兵が3月4日、住民約40人を広場に集め、連行した男性5人のうち1人を射殺し、「処刑」した。シャツを頭からかぶせ後頭部から撃ち、兵士は「われわれは汚れを清めに来た」と口にしたという。
 同様の「処刑」は他にもあった。北部チェルニヒウ近郊の村では2月27日、砲撃に備え地下室に隠れていた6人を、露軍兵が連れ出し射殺。遺体は頭部に弾痕があり手が縛られていた。
 女性への性暴力も報告された。東部ハリコフで3月13日深夜、31歳女性が娘らと避難する学校で露軍兵に何度も性的暴行を受けた。女性は連行された別室で「子供に会いたくないのか」と脅され、ナイフで首や頰を切られたと話した。性暴力は、チェルニヒウや東部マリウポリでも報告された。
 キーウ近郊の村では3月6日、住民が隠れる地下室に露軍兵が手榴弾(しゅりゅうだん)(しゅりゅうだん)を投げ込み、地上に逃れた女性と14歳の子供に発砲。子供は即死し、女性も後に死亡した。HRWは「一連の暴力は戦争犯罪として調査されるべきだ」と非難した。
 露国防省は3日、ブチャでの暴力行為は露軍撤退の3月30日までに「一件もない」と主張。遺体が撮影された映像などを「デマ」と否定した。
 だが、米紙ニューヨーク・タイムズはブチャで露軍撤退後に撮影した映像と撤退前の衛星画像を比較。撤退後の1日の映像に写る遺体の少なくとも11体が露軍支配下にあった3月中旬頃から放置されており、「多くは露軍が占拠していた3週間以上前に殺害された」と、露側の主張の矛盾を指摘した。
 映像は市街地を車中から撮影。路上や壊れた車の脇に横たわる遺体十数体が確認できる。AP通信もブチャで発見した遺体画像を配信。後ろ手に縛られた遺体もあり、卑劣な行為があった様子がうかがえる。
 ロイター通信や現地メディアによると、ウクライナ当局は5日、ブチャの教会近くの集団墓地に「150~300体の遺体が埋められていた」と明かした。
 また、ウクライナ当局者は東部スムイ州でも3人の民間人が拷問を受け殺害されたと発表。南部ザポロジエ州の村でも露軍撤退後に遺体20体が見つかったと報じられている。(桑村朋)」
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 4月6日10:17 産経新聞「ブチャ以外でも民間人虐殺か ウクライナ人権担当者が発表
 ウクライナ最高会議(議会)の人権担当者デニソワ氏は5日、キーウ(キエフ)州内でロシア軍が拠点として利用していたキャンプ場で、5人の男性が後ろ手に縛られた状態で殺害されていたとフェイスブック上で発表した。4人は後頭部や胸を撃たれて殺害され、1人は頭蓋骨を強打されて骨折していた。
 ウクライナメディアによるとデニソワ氏は、キーウ近郊イルピンで、性的暴行や拷問を受けたとみられる10歳以下の子供が殺害されていたことも明らかにした。東部スムイ州でも露軍の駐留地域で3人の民間人が拷問を受け殺害されていたのが発見されたという。
 ウクライナのベネディクトワ検事総長は、約5000件の露軍の戦争犯罪の調査を開始したと表明した。ウクライナの情報当局は、キーウ近郊ブチャで民間人殺害に関わった露軍の部隊が近日中に、ウクライナ東部のハリコフ周辺での戦闘に投入されるとの見通しを示した。」
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