🎺48:─1─ホワイト・ハウスは、二発の原爆投下実験が終了するまで降伏を認めない事を決定し、年末までに18発の原爆投下を許可した。1945年6月 ~No.226No.227No.228 @ 

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   ・   ・   {東山道美濃国・百姓の次男・栗山正博}・  
 6月 軍部は、連合国軍の上陸を想定し、大本営を長野の松代に移す準備を始めた。同時に、天皇と皇室も松代に移し、敵が上陸した時は大陸・満州に移っていただくとの計画を立てた。
 だが、昭和天皇は、松代避難を拒否して焦土と化した東京に留まり、被災した国民とともにありたいと希望された。
 皇道は、宗教的精神性として、政府や軍部など体制と切り離した所に存在し、何時いかなる時も民族・国民とともに在った。
 世界常識は、王侯貴族の正統性を政治、軍事、経済で証明していた。
 欧米の王侯貴族はもちろん大陸の指導者は、不利となり、命の危険を感じれば、私有財産を国外に移し、国民を見捨てて安全な国外に亡命した。
 昭和天皇は、大陸的常識で行動せず、島国的常識で日本民族日本人で有り続ける事を希望して亡命しなかった。此の決断によって、日本には大陸的な世界常識が根付かなかった。
 つまり、避けられない運命は諦めて受け止め、如何なる逆境も逃げ出さず、残った者と「絆」を深めて耐え忍び、助け庇い励まし合って前に進むという日本精神・大和魂が残った。
 その結果。日本民族日本人として生きそして死のうとした者に、命欲しさに国外に亡命した者はいない。
 いるとすれば、国家や民族という共同体意識を否定する左翼・左派のマルクス主義者のみであった。彼等には、自分に不利な事があれば全てを投げ捨てて逃げ出すだけに、耐え忍ぶという人と人との「絆」は希薄である。
 アメリカ世論は、9割以上が無条件降伏を勝ち取るまで戦い続ける事を支持した。同数で、神の裔・昭和天皇を犯罪者として裁き、死刑を含む重罰にすべきだとの意思表示をした。
 キリスト教の白人選民主義者は、地上に神の王国を建設する為に、異教徒の悪魔王・昭和天皇を絞首刑にして天皇制度を廃止し、血に飢えた呪われた人種である日本人を絶滅させ、軍国日本を地上から抹消する事を求めた。
 つまり、「目には目を、歯には歯を」の報復を要求したのである。
 グルー国務長官代理(JPモルガンの親族)は、天皇を退位させたり、戦犯として裁くという無条件降伏要求の原則を貫く事は、戦争を長期化させるだけであると主張した。ルーズベルトの大統領特別顧問ローズマンに、沖縄戦終結と同時に、「天皇制度の存続を認める」という大統領声明を発して、日本に降伏を勧告するメッセージを送る様にトルーマンに助言を依頼した。
 マッカーサー報告書「日本人にとって天皇を絞首刑に処す事は、我々にとってキリストの磔刑に匹敵するだろう。全員が蟻の如く戦い抜き、死んで行くであろう」
 トルーマンは、圧倒的な国民世論と議会に配慮して、無条件降伏を緩和する事なく戦争犯罪者・天皇にそれ相応の罰を受けさせると宣言した。
 国民世論と議会は、昭和天皇に戦争責任の懲罰を与えるという声明を支持した。
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 連合国は、国際連合を設立し、日本を共通の敵とする敵国条項を含んだ国連憲章を採択した。
 此の敵国条項は、現代に於いても削除される事なく国連憲章に明記されている。
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 シカゴの治金学研究所の科学者達は、トルーマンに対して、原爆実験と実戦使用に先だって、人類を滅亡させる恐れのある巨大な破壊力と核軍備競争に陥る危険性を訴える報告書を提出した。多くの科学者に呼びかけ、原爆開発研究の中止を求める請願運動を始めた。
 軍人と科学者は、原爆について懸念を表明した。
 官僚は、議会に内緒で、20億以上という莫大な予算を注ぎ込んだ以上は、当初の計画を中止させる事無く実行する事に拘った。
 政治家は、対ソ戦略の切り札に使う為に中止を拒否した。
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 アメリカ陸軍教範『TM─E 30─480 日本軍ハンドブック』(1945年6月1日付け改正)「第7章 日本軍将校にとっては体面と志操の維持が最も重要であり、それゆえ空想的な英雄気取りとなりがちである」 
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 日本陸海軍の両軍航空部隊は、本土決戦に備えて航空部隊を温存するべく、アメリカ陸軍戦略爆撃部隊の無差別絨毯爆撃に対する反撃を極力控えていた。
 陸海軍の各航空機開発部署は、B29を撃退する最新鋭戦闘機の開発製造を急いでいたが、戦争末期では完成、実戦配備する余力はすでになかった。
 日本近海を航行するアメリカ機動部隊からB29護衛に発進した艦載機は、日本軍機の迎撃がない為に、空爆された都市はもちろん軍基地や軍需施設のない地方の町や村を機銃掃射した。
 艦載機が狙った相手は、逃げ惑う女子供の一般市民であった。
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 6月初め ハーバード・フーヴァー元大統領は、トルーマンに、日本国民が民族国家として昭和天皇を守ろうとして玉砕的死闘を続けている以上、日本の穏健派に「英米日本民族を殲滅、日本の政体の破壊、彼らの生活様式への干渉を意図しない事」を表明するコメントをすべきであるとの書簡を送った。
 グルーは、ジョン・マクロイ陸軍次官補を説得した。
 「日本に対して、我々が保有している兵器によって引き起こされる比類なき壊滅的結末について警告し、日本が立憲君主制を保持できる事を示唆したとしても我々は何も失う事にならないだろう」
 マクロイは、グルーの天皇制度存続提案をスチムソンに報告した。
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 グローブス少将は、イギリス側代表ウィルソン陸軍元帥に「ケベック協定」に基づき、原爆使用について英国側の意向確認の問い合わせを行った。
 ウィルソン陸軍元帥は、ロンドンの首相官邸と数回の往復電報を交わし、チャーチルの意見を聞いた。
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 6月1日 東郷外相は、戦争終結の為にソ連を利用するべく、モスクワの佐藤大使に広田弘毅元首相に交渉させると知らせた。
 暫定委員会(5月31日の二日)は、原爆を日本に対してどう使用するかの方法を討議した。
 バーンズは、原爆を使用する前に警告する案も、原爆を投下する前に威嚇する為に日本近海で実験する案も拒否した。
 暫定委員会は、3項目を最終合意として決定した。
 「1,日本が降伏する前に投下する、
 2,目標は人口10万人以上の都市とする、
 3,投下の事前に警告しない」
 原爆使用を事前に日本に知らせれば、日本軍はアメリカ軍兵士捕虜を盾にする恐れがあるとして、無警告投下を決定した。
 バーンズは、大統領特別代表として、スチムソンに代わって暫定委員会を取り仕切った。
 バーンズ「原爆は日本に対して可能な限り早期に、多数の労働者の住宅に囲まれた軍需工場に対して使用されるべきである」
 マーチン・シャーウィン「この決定によってたんに原爆の使用を決められたのみではなく、8月の初めに出来上がる二つの原爆が使用される事が決定されたのである。広島と長崎の破壊はこのたった一つの決定の結果である」
 暫定委員会は、原爆の国際管理について話し合った。
 オッペンハイマーは、科学者の立場から、原爆に関する情報をソ連と共有すべきと主張した。
 マーシャルは、戦後のソ連軍との協調から、暗号名トリニティーソ連代表を招待すべきであると述べた。
 バーンズは、ソ連が原爆を手にする事はアメリカと自由陣営の脅威になる以上、安全保障の観点から原爆情報を知らせるべきではないと押し切った。
 原爆目標委員会は、京都を標的にるかどうかを協議した。
 スチムソンは、OSSなどの日本報告から、京都を除外する事を主張した。
 グローブスやアーノルド空軍司令官ら軍首脳は、戦争の早期終結の為には欠かせない目標であるとして譲らなかった。
 トルーマンは、報告を受けて、軍事的要素の高い都市を優先目標にすべきとしてスチムソンの主張を採用した。もし、京都の近辺に軍事基地もしくは重要な軍事工場があれば除外される事はなかった。
 大陸の世界戦争において、戦争の勝利が全てに優先され、敵国の歴史的文化遺産や民族感情など一切考慮された事がない。
 まして、敵が非白人で、文化遺産が非キリスト教であればなおさらである。
 だが。連合国軍とドイツ軍は、歴史的なキリスト教施設でも戦闘を繰り返して、容赦なく聖遺物や文化資産を破壊し、歴史的建造物を廃墟としていた。
 事実。地球上に多く存在していた文化や宗教が、跡形もなく消滅し、僅かに博物館のなかに戦利品として残されている。
 京都・奈良は、日本文化の中心地で歴史的文化財が多いから、投下目標から除外されたわけではない。
 日本進駐後の占領政策を支障なく行う為に、京都と奈良を除外すべきであると提言した者は誰もいない。
 スチムソン「日本に対して原爆投下の事前警告を与えるわけにはいかない。住民地域を目標には出来ないが、出来るだけ多くの住民に心理的影響を与える事を追求する。コナント博士の示唆により、最も好ましい目標は大勢の労働者が雇用されており、彼等の住居にびっしり取り囲まれている重要な軍需工場である事に同意した」
 日本への原爆投下は、純然たる、科学的な実地実験である。
 アメリカ軍は、日本国内にいる情報提供者によって必要な情報を得ていた。
 日本は、戦争を始める前から、情報戦ですでに負けていた。
 OSSは、日本国内にある貴重で高価な文化財の所在を調べる為に、アメリカとイギリスの日本美術に詳しい専門家を集めた。
 日本の伝統的精神文化である民族的「絆」を破壊しても、人類の文化遺産となる日本美術品は残そうとしたのである。
 つまり。大国の証明として、大英博物館の様な世界規模の博物館か美術館を造ろうとしたのである。
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 6月2日 マンハッタン計画に参加している物理学者クラウス・フェークスは、ソ連スパイであるハリー・ゴールドに、近日中に原爆が完成して爆破実験が行われる事を報告した。
 ベリアは、アメリカ国内に潜入している内務人民委員会(NKVD)のスパイから手に入れた原爆情報を、6月下旬頃にスターリンに伝えた。
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 6月3日 箱根の強羅ホテルで、広田元首相とマリク大使との第一回会談。
 アレン・ダレスは、交渉に現れたのが中級将校で何等権限を持たない藤井義朗海軍中佐に呆れ果て、対応を後任のリチャード・ジョイスに任せてベルンを離れた。
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 6月4日 広田元首相との第二回会談後。マリク大使は、モスクワに日本の軍事的敗北は間近であり、日本から多くの譲歩を引き出す為にも戦争に参加すべきであると報告した。
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 6月5日 アメリカ陸軍通信情報局のマジックは、藤村中佐が東京の海軍大臣軍令部総長宛にスイス・OSSルートで和平交渉に入るように呼びかける暗号電報を傍受した。
 スイスの西原海軍大佐は、ヤルタ会談情報を東京に送った。
 「ある情報は、ソ連はヤルタで一定期間ののち対日戦争に積極的に関わる事に同意したとしている。ソ連軍が動く時期は、8月の終わりとされている」
 海軍省は、その他の対外情報から、ヤルタ会談ソ連が対日参戦を約束した事は確かであるとして問い合わせの電報を打たなかった。
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 6月6日 最高戦争指導会議は、飽くまで対英米戦を完遂して国體を護持し皇土を保衛し聖戦の目的を達成する為に、陸軍が作成した希望的願望の強い「今後採ルヘキ戦争指導ノ基本大綱」を採択した。同時に、戦争継続が不可能な国内事情を示す「国力の現状」を付属文書とした。
 軍部は、外務省に対して、一億総玉砕の本土決戦に備えてソ連の中立を確保する様に要請した。
 スチムソンは、トルーマンに暫定委員会の決定を報告し、対ソ外交では原爆の威力を知らせてから政治的譲歩を引き出すべきであると助言した。
 そして、「空軍が日本を完全に爆撃し尽くして、新しい爆弾の威力を示す場所がまったくなくなってしまうかもしれない」と、無差別絨毯爆撃への不満を漏らした。
 トルーマンは、笑いながら「理解した」と答えた。
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 6月8日 昭和天皇は、御前会議で、戦争を終結させる為の時局収拾の対策私案を裁可した。
 「敵側の所謂和平攻勢的の緒発表諸論文により之を見るに、我国の所謂軍閥打倒を以て其の主要目的となすは略(ほぼ)確実なり」
ヨーロッパ各国にある日本大使館駐在武官が、ヤルタ会談スターリンルーズベルトソ連参戦で合意した事を、東京の陸海軍部に伝えた。
 ソ連の参戦は、7月頃になるであろうと。
 イギリスの情報機関は、この極秘電文を傍受し解読していた。
 東京帝国大学南原繁教授は、高木惣吉海軍少将を訪問して、終戦の為に、国體護持のみを条件としてアメリカと直接交渉すべきであると提案した。
 東京帝国大学の一部の教授陣は、終戦行程として、昭和天皇終戦の聖断を下し、皇室を維持する為に戦争責任をとって退位すべきであるとの結論を出していた。
 御前会議。昭和天皇は、最高戦争指導会議で決定した「今後採ルヘキ戦争指導ノ基本大綱」に意見を言う事なく裁可した。
 佐藤大使は、ソ連は平気で約束を破る信義なき相手であると伝えた上で、有効期間がある中立条約を一方的に破棄を通告した、ナチス・ドイツの対ソ戦参加要請を拒否して中立を守っても日本との関係を好転させようとしなかった、日本の敗北が明らかとなった今になって、ソ連が日本の希望通り行動してくれるとは思えないと報告した。
 そして、ソ連が領土欲から武力干渉する危険がある以上、国體護持を唯一の条件として戦争終結交渉に入るべきであると意見具申した。
 軍部は、最高戦争指導会議で最後の一兵になるまで戦い抜くの本土決戦論を採用させ、徹底抗戦を決定させた。
 鈴木貫太郎首相と米内光政海相東郷茂徳外相(A級戦犯)らは、軍部内の徹底抗戦派や在野の右翼・右派の「幾千万の日本人を犠牲に日本を焦土にしても戦い抜く」という強硬意見に屈して、」「戦争完遂要綱」を決定した。
 昭和天皇憲法の規定に従って、国家元首としての命令ではなく個人の意見として、講和への道を探るようにとの意見を述べる事を決めた。、
 中立国のスイスやスウェーデンなどでは、日本側の外交官や駐在武官によるアメリカの諜報機関との極秘の和平工作が行われていた。
 内大臣秘書官長の松平康昌は、戦争終結を希望する昭和天皇の意を酌んで、極秘に私的ルートでマニラのアメリカ軍司令部との接触を模索した。
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 6月9日 梅津美治郎参謀総長は、昭和天皇に、満州視察旅行の報告を行った。
 無敵を誇った関東軍の実情は、実動兵力能力は8箇師団分で、備蓄弾薬は大会戦の一回分であり、増強されつつあるソ連の極東軍に対抗できないと事実そのままを上奏した。
 梅津美治郎参謀総長は、ソ連軍がヨーロッパから極東に大軍を移動しつつあるとの情報を掴み、遅からずソ連は参戦してくると判断した。
 陸軍は明治の創設以来、対露対ソ戦略研究をしてきただけに、首脳部はソ連の対日参戦は避けられず、よってソ連を仲介とする戦争終結交渉は実らない事を知っていた。
 終戦交渉を進めている事が、本土決戦・徹底抗戦・一億総玉砕を主張する血気盛んな中堅将校等に知れると、下手をすると抗戦派によるクーデターが起きる恐れがあった。
 軍部内には、戦後の日本の姿は、国體・天皇制度を残すとしても、アメリカのような自由・民主主義ではなく、ソ連のような統制の取れた人民政府体制が望ましいと考える革新派将校が多数存在していた。
 事実。戦後、日本共産党に入党する元軍人エリート官僚が少なからずいた。
 木戸幸一内大臣は、昭和天皇に、皇室の安泰と国體の護持を条件としてソ連に和平交渉の仲介を依頼するという終戦試案(時局収拾対策試案)を提出した。
 『時局収拾ノ対策試案』
 「1,敵側の所謂和平攻勢的の諸発表諸論文により之を見るに、我国の所謂軍閥打倒を以て其の主要目的となすはほぼ確実なり。
 2,従って軍部より和平を提唱し、政府之により策案を決定し交渉を開始するを正道なりと信ずるも、我国の現状より見て今日の段階に於いては殆ど不可能なるのみならず、此の機運の熟するをまたんか恐らくは時機を失し、遂にドイツの運命と同一轍を踏み皇室の御安泰国體の護持てふ至上の目的すら達し得ざる悲境に落つる事を保障し得ざるべし。
 3,依って従来の例より見れば極めて異例にして且つ誠に畏れ多き事にて恐懼の至りなれども、下万民の為に天皇陛下の御勇断を御願ひ申し上げ、左の方針により戦局の収拾に邁進するの外なしと信ず。
 4.天皇陛下の御親書を奉じて仲介国と交渉す。対手国たる米英と直接交渉を開始し得れば之も一策ならんも、交渉上のゆとりをとる為に寧ろ今日中立関係にあるソ連をして仲介の労をとらしむるを妥当とすべきか」
 アメリカは天皇制度廃止ではなく軍閥打倒を目的としている以上、皇室は残り、国體を維持できる可能性があるので、天皇の決断で和平交渉をして貰えれば主戦派も従うはず。
 交渉相手は、交戦中の米英では主戦派が納得しないから、今はまだ中立を保っているソ連を仲介として間接的に行う方が妥当であろうと。
 昭和天皇は、木戸試案を承認し、終戦工作を進める様に命じた。
 木戸内大臣は、抗戦派に知られない様に、近衛文麿東郷茂徳重光葵、米内光政ら個別に会談を持ち、和平交渉を進める為の根回しを始めた。
 鈴木貫太郎首相は、臨時国会(9日・10日)で戦争継続を鼓舞する好戦的演説を行った。
 臨時国会は、最後の勝利を信じ、本土決戦の為に義勇兵役法と戦時緊急措置法を採択し、政府による総動員体制を支持した。
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 6月10日 天罰発言事件。鈴木首相は、軍国日本は、ナチス・ドイツファシスト中国とは違って、民主主義は健在で議会政治を行っている示す為に、憲法の規定に従って議会を開催した。
 鈴木貫太郎首相は、議会で施政方針演説を行い、その演説の中で日本は戦争を終結させる為に無条件降伏ではなく条件付き降伏を望んでるとの意味を含ませた。
 「我が国體を離れて我が国民はありませぬ。敵の揚言する無条件降伏なるものは、畢竟(ひっきょう)するに我が一億国民の死と云う事であります。我々は一に戦うのみであります」
「太平洋はその名の如く、平和の海である。もし万が一、この海を、兵力を運ぶ為に使うような事があれば、天罰が下るだろう」
 徹底抗戦派議員達は、天罰発言に猛反発して、総辞職を要求して大混乱となった。
 情報提供者は、議会の混乱をアメリカに知らせた。
 鈴木首相は、情報がアメリカに漏れる事を見越して、親友であるグルー国務次官に和平交渉を望んでいる事を知らせようとした。
 ワシントンのジョセフ・グルーら知日派は、施政演説から昭和天皇と鈴木首相らは国體が保証されれば降伏を受け容れる用意があると受け取った。
 ザカリアス「鈴木は内心は平和を考えている」 
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 6月11日 マンハッタン計画に参加しているジェイムズ・フランクと6名の科学者達は、原爆の対日無警告使用に反対するフランク報告書をスチムソン陸軍長官に提出した。
 フランク報告書「ソ連に原爆の情報を与えず、国債管理にも加えずに原爆を実戦使用するなら、ソ連はそれを脅しとみなし、国債管理だけでなくあらゆる交渉において頑なな態度を取ってくるだろう、だから戦後の平和のためにも日本に使用してはならない。それに、原爆を実戦使用してしまったあとで原爆の開発を制限しようとしても説得力がなく、どの国も従わないことになる」
 国務省陸軍省海軍省の3省調整委員会(SWNCC)は、直接軍政による「日本打倒後の初期対日方針」をまとめてトルーマンに提出して承認を得た。
 スティムソンは、日本軍の玉砕や特攻といった必死の抵抗でアメリカ軍の被害が増大している事に憂慮して、天皇制度存続の約束で戦争を早期に締結すべきであるとトルーマンに提言した。
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 6月12日 長谷川清海軍大将は、昭和天皇に、国内の軍管区、部隊、兵器廠などの視察結果を上奏した。本土決戦兵力としての頭数は揃えても、装備は外地軍に比べて劣悪で、弾薬も極度に不足していると報告した。
 三人委員会。スチムソンは、グルーやフォーレスタルらの「無条件降伏の修正」に同意した。
 日本に降伏させる重要事項は、天皇制度存続であった。
 会議メモ「陸軍長官はこの問題が彼の心から離れない、そして、その事についてマーシャル将軍と話した、といった。その後『無条件降伏』という言葉を使うのが賢明かどうかという議論になった。彼は、もし我々がこの言葉を使わずして戦略目的の全てを達成できるのならば、我々はこの言葉を躊躇せず捨てるといった」
 グルーは、天皇制度を残した方が戦争は早く終結して戦後処理が上手くいくが、天皇制度を廃止すると第一次世界大戦後のドイツのように社会は混乱し、ファシズム共産主義に占領されると警戒した。
 スチムソンは、グルーとダレスの説得を受けて天皇制度存続の件を支持した。
 トルーマンは、スチムソンや陸軍省海軍省の幹部と九州上陸作戦について議論した。
 軍人幹部は、アメリカ軍兵士の死傷者は6万人が出ると指摘し、この犠牲を避けるために、無条件降伏原則を変えて条件を提示して日本を降伏に導くように迫った。
 トルーマンは、軍人幹部の圧力を受けてジョン・マクロイに「ではその条件案をまとめバーンズのところに持っていくように」命じた。
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 6月13日〜18日 木戸の時局収拾ノ対策試案は、鈴木貫太郎首相、米内光政海相東郷茂徳外相、阿南惟幾陸相の順に回され、全員の賛同を得て正式な案とされた。
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 6月13日 グルー国務次官(J・P・モルガンの血族)は、日本が降伏しやすい様に、天皇の安全が保証する様な明解な条件を盛り込むべきであると訴えた。
 グローブス将軍は、マーシャル陸軍参謀総長に、原爆投下候補地リストを提出した。
 マーシャルは、原爆投下に賛成していた。
 マクロイは、皇室維持条項を中心とした有条件降伏案をバーンズの所に持って行った。
 バーンズは、「この条件はアメリカ側の弱腰ととられるので受け入れることはできない」と却下した。
 スチムソンは、降伏条件案の中に皇室維持条項を残して検討する様に指示した。
 降伏条件案は、イギリスの意に沿うように、原爆投下前の事前警告として作成された。
 皇室維持条項がなければ、日本が拒否する事は分かりきっていた。
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 6月14日 昭和天皇は、赤坂離宮を訪れ、貞明皇太后に軽井沢へ疎開して欲しいと申し込んだが拒否された。
 貞明皇太后「私は何があろうとこの帝都を去らない」
 西原大佐は、交渉相手のダレスがスイス・ベルンを離れた事を知らせる電報を打った。
 「伝え聞くところではダレスはすでに、つまり6月の後半に大統領の極秘指令でベルンを離れ、フランクフルト・アム・マインにあるアメリカのドイツ占領地の行政トップ隣る事になっている」
 トルーマン大統領、レーヒー統合参謀総長、国務・陸軍・海軍首脳部は、マジック情報で、スイスにおいてアレン・ダレスが軍国日本と独断で和平交渉を行っている事を知っていた。
 レーヒーは、マジック文書をOSSには伏せて、ダレスを呼び出して終戦工作をしているのかを問い質した。
 ダレスは、とぼけて否定した。 
 グルーやダレスら条件付降伏派は、トルーマンやレーヒーら無条件降伏派に悟られないように多数派工作を行っていた。
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 6月14日・15日 ホワイトハウストルーマンを中心とした関係者が、日本への原爆投下についての最終的な話し合いを行い、原爆実験を行う投下地点の順位決定も行った。
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 6月15日 モロトフは、スターリンの対日戦参戦決意に従い、ソ連軍が日本を攻撃するまで戦争を引き延ばすべく、東京のマリク大使に日本側に期待を持たせつっ広田の会談を焦らす様に要請した。
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 6月29日 ギャラップ社の世論調査
 天皇の処遇に関して。
 ・訴追や終身刑流罪を望む‥37%。
 ・処刑するべき‥33%。
 ・免罪もしくは天皇を利用しての日本統治を支持‥7%。
 アメリカ世論は、昭和天皇への厳罰を要求していた。




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