🎵27:─2─司馬遼太郎が日露戦争から読み解いた日本軍の「欠陥」。『坂の上の雲』。~No.64
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2026年10月8日 YAHOO!JAPANニュース AERA DIGITAL「司馬遼太郎『坂の上の雲』はなぜ司令官ばかり描くのか 歴史学者が読み解く戦争の語り方
『坂の上の雲』は日露戦争を描いた国民的歴史小説として知られる。しかし司馬遼太郎が描こうとしたのは戦闘そのものではなく、「戦争をどう見るか」という視点だった。成田龍一さんの『司馬遼太郎の幕末・明治』から、司馬の語りの構造を歴史家の目で読み解いていく。
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■3 〈戦争の語り〉
(1)認識
さて、いよいよ日露戦争です。1904年2月6日、日本はロシアと国交を断絶します。連合艦隊司令長官の東郷平八郎に命令が伝わるのは5日夜でただちに出撃命令が発せられますが、司馬遼太郎は、翌年5月27日・28日の日本海海戦まで多くの戦闘をこれから綴っていきます。『坂の上の雲』の本文(文庫版の総ページ2925ページ)のうち、日露戦争の記述が1958ページを占めており、この物語が日露戦争を描いているということがわかります。
『坂の上の雲』が書かれた1970年前後といえば、60年以上が経過し、日露戦争が歴史化されるのに十分な時間がたっていました。しかも、ベトナム戦争が世界的に問題となっており、日本でも反戦運動が展開され、「戦争」が政治的な問題として考えられていた時期でした。十五年戦争(この言い方は、このときにはまだ一般化していませんでしたが)があらためて検討され、女性たちが多く寄稿した、暮しの手帖社編『戦争中の暮しの記録』(1968年)などに代表される生活記録集が刊行され、日本全国各地で空襲体験の証言が集められるなど、「銃後」の生活にかかわる記録が大きな関心を集めていました。十五年戦争の歴史書としては画期的な、家永三郎『太平洋戦争』(1968年)が刊行されたのもこの時期のことですが、司馬は十五年戦争ではなく(それをさかのぼって)日露戦争に注目し、男性たちの行動を書き綴っていくのです。
■「戦略」
司馬は日露戦争を描くにあたって、「日露両国の戦略」から書き始めます――日本の「戦略」は短期間に「はなやかな成果」をあげ、そのあと時機をとらえ、外交交渉で集結に持ち込むというものでした。そのために決戦場に「早く」「多く」の兵力を集結させることが課題となり、「海陸の輸送力」が焦点となりますが、日本の輸送力は「貧弱」です。ロシアの極東艦隊との「制海権の争奪戦」が必須で、同時に、朝鮮に上陸した部隊は鴨緑江(おうりよつこう)付近、南満州に上陸した部隊は遼陽(りようよう)付近で戦闘をするだろうというものです。また、海軍の「戦略」は、ロシアの極東艦隊とバルチック艦隊とを合体させず、それぞれ「撃破」するというもので、まずは「やや劣勢」の極東艦隊を撃つために、旅順軍港に照準を定めます。
こうした陸軍参謀本部・海軍軍令部や現地の軍司令部による「戦略」が『坂の上の雲』の戦闘の叙述に先行して提示されることは、あらかじめの見取り図が読者に与えられるという効果をもちますが、同時に、読者がその目線で日露戦争および個々の戦闘をみていくということを意味します。「戦略」に基づく個々の戦闘の目的と目標が、実際の戦闘過程において達成しえたか否かという観点から日露戦争が記述され、それを読者が共有することとなります。司馬の〈戦争の語り〉といったとき、こうした目線の位置が特徴としてあげられます。主語となるのは、児玉源太郎や乃木希典(のぎ・まれすけ)、東郷平八郎といった司令官であり、「戦争と戦闘の設計家」といわれている参謀たちです。秋山真之が主人公の一人とされていることも、この理由によっているでしょう。
リーダーとサブリーダーによって戦争が描かれるということは、兵士たちは匿名で集合的に登場するということです。これを第一の特徴とするならば、第二の特徴として、ロシア軍のリーダーたちもきちんと描かれている、という点をあげることができます。日本軍の側から一方的に戦闘を描くのではなく、ロシア軍がどのような戦略をもち実戦を戦ったかが示されます。ただ、日本軍に比して、ロシア軍はしばしばきびしい評価を受けています。たとえば、日本の「戦略」が緻密に立てられているのに対し、ロシアの「戦略」は「おおようで不幸なほど粗雑であった」と司馬はいっています。新設の極東総督府が作戦立案を担当しますが、⑴日本の軍事力を数字のみで判断し、陸上作戦の「基礎」から間違ってしまったこと、⑵クロパトキン将軍は「合理的」な計画を立案したが、極東総督アレクセーエフとの確執がありロシア軍の統帥が分裂していたことなどをその理由として述べています。日本とロシアの司令部が、対照的に記述されています。
司馬は、戦闘の経過に沿いながら、日本とロシア、陸上での戦闘と海戦を行き来して、いくつもの戦闘の連なりとして日露戦争の叙述をおこないます。記述されるのは戦闘の細かな描写ではなく、戦闘にみられた日露それぞれの思惑であり、司令官・参謀たちの行動であり、また組織や人事の抱える問題点の指摘です。司馬遼太郎の〈戦争の語り〉という点に着目して、『坂の上の雲』を読んでいってみましょう。まずは、司馬が語る戦闘をたどり、主としてどのような視点から叙述していたかを探りながらみていくことにします。
(書籍『司馬遼太郎の幕末・明治』から一部抜粋)
【AERA Books MEMO】
『司馬遼太郎の幕末・明治』
「国民作家」司馬遼太郎の大作『竜馬がゆく』と『坂の上の雲』を、記述の〈作法〉に注目しながら、歴史家が読み解く。小説の対象となる時代・書かれた時代・われわれが読んでいる今現在=「三つの時間軸」の視点で考える初めての試み。
成田龍一
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10月8日 MicrosoftStartニュース AERA DIGITAL「なぜ日本は情報発信で負けるのか 司馬遼太郎が日露戦争から読み解いた日本軍の「欠陥」
成田龍一
日露戦争で日本が苦戦したのは戦場だけではなかった。司馬遼太郎は『坂の上の雲』のなかで、国際世論やメディアへの対応のまずさを鋭く指摘している。成田龍一さんの『司馬遼太郎の幕末・明治』から、そのメディア観について一部抜粋して紹介する。
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■メディア戦略
司馬が、日本軍司令部の「欠陥」として、各国の従軍記者の扱い方が下手である――接待が「粗末」で、「傲慢」な態度をとり、「極端な秘密主義」をとったことを指摘していることも注目すべきことがらです。「明治人」は、新聞記者や世論に対する認識が薄く、ロシア側の情報が流され「日本軍非勝利説」がニュースとなり、日本公債の応募が激減したことを、司馬は、苦々しげに記します。情報とメディアに対する無頓着、そして「国際的な世論操作の感覚や能力」に欠けていたことをいいます。新聞記者の経験をつんでいたということもあるでしょうが、司馬が、自己宣伝の必要性とメディアの重要性、そしてそれを世界に発信していく必要性を述べているのは、1970年前後の時代をきちんと把握していたことでもあるでしょう。自信のなさからくる「秘密主義」(これは、官僚制に付随していることでもあります)を、きびしく批判します。
しかし、外国人記者の報道に、黄色人種が白色人種に「優越」したことを受け入れまいとする「人種的偏見」があったことを、司馬はあわせて指摘しています。すでに『坂の上の雲』のあちこちで言及している論点ですが、司馬の〈人種〉問題への関心の高さがうかがわれます。このことと関連し、ユダヤ人についても論じていきます。戦費調達に苦しむ日本に、「アメリカ国籍のユダヤ人金融家」が肩入れしてくれたのです。彼ヤコブ・シフ(クーン・ロエブ商会支配人)は、「ロシアは、ユダヤ人を迫害している」とロシアを批判し、日本に近づくのですが、司馬はユダヤ人の問題に言及し、さらにロシアの民族問題として、ポーランドやフィンランドについてもふれます。ロシアの「衛星圏」に不平をもつ民族が多くおり、さらに国内には、帝政の「矛盾と圧制」のために「革命運動家」が存在することもいいます。ただ、このことが、単一民族ではないはずの日本には反転してきません。問題や矛盾を抱え込むのはロシアであり、ロシア国内には、レーニンやクロポトキンらをはじめ、日本の勝利を望む者がいることをいうのです。
戦術思想の描き方に、〈人種〉をめぐっての屈曲が現れている、といいうるかもしれません。司馬は、日露戦争の戦術を解釈するとき、一方では「日本」の戦史に範を求め、第一軍の渡河を源義経の鵯越(ひよどりごえ)になぞらえ、同時に、渡河=鵯越は「メッケルによってヨーロッパの近代戦術をまなんだ日本人が、ここにメッケルを越える独創の戦術をうちたてることになる」と言います。ヨーロッパに学びつつ、ヨーロッパを越える可能性を求めようとの記述がなされるのです。
(書籍『司馬遼太郎の幕末・明治』から一部抜粋)
【AERA Books MEMO】
『司馬遼太郎の幕末・明治』
「国民作家」司馬遼太郎の大作『竜馬がゆく』と『坂の上の雲』を、記述の〈作法〉に注目しながら、歴史家が読み解く。小説の対象となる時代・書かれた時代・われわれが読んでいる今現在=「三つの時間軸」の視点で考える初めての試み。
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