🌪45¦─1─沖縄復帰50年「なぜ日本人は沖縄を見放すのか」~No.173 

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   ・   ・   {東山道美濃国・百姓の次男・栗山正博}・  
 2022年5月9日16:28 MicrosoftNews 毎日新聞「沖縄復帰50年「なぜ日本人は沖縄を見放すのか」問い続ける元記者
 © 毎日新聞 提供 米国統治時代から沖縄の取材を続けてきたジャーナリストの森口豁さん=千葉県松戸市で2022年4月25日午後6時19分、真田祐里撮影
 沖縄県は15日、本土復帰から50年を迎える。元琉球新報記者で千葉県松戸市在住のジャーナリスト、森口豁(かつ)さん(84)は、米国統治下から60年以上にわたり、沖縄戦の傷痕に苦しみ、米軍基地問題に葛藤する人たちの姿を取材してきた。「沖縄で起こることを自分に置き換えて考えてほしい」と訴えている。【真田祐里】
 「なぜ日本人は沖縄を見放すのか」
 東京都出身の森口さんは1956年、初めて沖縄を訪問した際に、現地の同世代の若者から投げかけられた言葉が忘れられない。
 当時は高校を卒業したばかりの春休み。沖縄出身で高校の1学年後輩だった故・金城哲夫さんに誘われ、米軍統治下の沖縄の地を踏んだ。金城さんは後に脚本家となり、ウルトラマンのメインライターを務めた人物だ。
 現地の高校生からは、本土復帰を主張すると米軍から「反体制派」のレッテルを貼られ、本土への渡航許可が出なくなることや、米兵が起こした交通事故で家族が被害にあっても補償されなかったことを聞かされた。「ショックだった。日本が二つあったという実感だった」と振り返る。
 この時の体験が頭から離れず、直後に進学した玉川大を2年生の時に中退。58年、本土出身者としては初の琉球新報の記者兼カメラマンになった。
 森口さんが「沖縄で目の当たりにした最大の事件」と振り返るのが、59年に旧石川市(現うるま市)の宮森小学校に米軍機が墜落し、児童ら18人(後遺症による死者も含む)が亡くなった事故だ。校舎から運び出された黒焦げの児童や、我が子の名前を呼びながら泣き叫ぶ母親たち――。身近に米軍基地があることの恐ろしさを実感した。
 66年からは日本テレビの記者兼カメラマンに転身し、74年に本土に戻ってからも沖縄の取材にはこだわり続けた。
 本土に復帰した72年5月15日も現地で取材した。土砂降りの雨だったことを覚えている。那覇市内で記念式典がある一方、米軍基地を維持したままの返還協定に反対する人々が声を上げた。「復帰自体は歓迎されたが、基地が残ったことにみな失望した。それが今も続いている」
 沖縄県警によると、復帰後の72~2020年、在日米軍の軍人・軍属やその家族による犯罪の摘発件数は6068件だった。殺人や強盗、放火、強制性交等の凶悪犯罪が582件を占める。
 このうち強制性交等は132件。森口さんによると、被害申告できずにいる女性も多く、これでも氷山の一角なのだという。
 「沖縄戦から今日まで、沖縄は日本のための犠牲となってきた」と森口さん。本土復帰から半世紀を迎えることについて、「このままでは『差別』は続いていく。自分に何ができるのか、なぜ起こっているのか、想像力を働かせてほしい」と本土の人たちに訴えた。
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 森口さんの半生を追ったドキュメンタリー映画「命(ぬち)かじり~森口豁 沖縄と生きる~」が14日午後1時から、松戸市本町の市民劇場で上映される。上映後、森口さんと撮影・監督を務めた永田浩三さんによるトークショーもある。大人1000円、障害者500円、高校生以下は無料。事前予約制。問い合わせは「松戸『沖縄とつながろう!』実行委員会」の杉見幸子代表(090・3248・3433)。」
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 沖縄攻防戦での日本側被害
人的被害 
 陸軍戦死者         6万7,900人
 海軍戦死者         1万2,281人
 捕虜            1万     人
 沖縄県民死者・行方不明者 12万2,228人
 内民間人死者        9万4,000人
物的損害
 戦艦            1隻 大和の戦死者3,056人。
 軽巡洋艦          1隻 矢矧の戦死者  446人。
 駆逐艦           5隻
 {第一遊撃部隊(第二艦隊のうち、第一航空戦隊の戦艦大和と第二水雷戦隊の軽巡洋艦1隻・駆逐艦8隻からなる) 戦死者4,044人}
 特攻機           1,895機
 その他航空機        1,112機
 戦車            27輌
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 2021年4月7日 毎日新聞「戦艦「大和」沈没から76年 無謀な「水上特攻」の真相 /前編
 有料記事 3919文字
 航行する戦艦「大和」=高知県宿毛沖で1941年10月20日撮影
 1945年4月7日。ちょうど76年前のきょう、当時「世界最大・最強」といわれた戦艦「大和」が米軍機によって沈められた。「大和」は、沖縄に上陸した米軍を撃退すべく、「水上特攻部隊」として出撃。しかし乗員3332人のうち、生還したのは276人のみという悲惨な結末を迎えた。私は「大和」の取材を20年近く続けている。昨年の4月7日、弊紙ニュースサイトに「戦艦『大和』沈没から75年 元乗員の人生を戦後も左右した『不沈艦』」を掲載した。今回は、大和の沖縄水上特攻作戦の真相を2回にわたって振り返る。前編の テーマは「無謀な水上特攻作戦はなぜ行われたのか」だ。【栗原俊雄】
 時代遅れの「世界最強」
 「大和」は41年12月16日に完成した。日米開戦から8日後のことだ。全長263メートル、全幅38.9メートルで、基準排水量は6万5000トン。総工費1億3780万円は当時の国家予算の6%に当たる。現代で言えば6兆円の巨額である。
 国家の威信をかけた「世界最大」の戦艦であった。戦艦の存在価値である主砲は9門あり、約1.5トンの砲弾を発射できた。しかも最大射程は42キロ。同時代の他のどの国の戦艦より主砲が大きく、射程が長かった。また、戦艦や空母など、複数の艦隊からなる連合艦隊の旗艦も務めた。
 「大和」が誕生した背景にあったのが、日露戦争での日本海海戦のように主力艦同士が砲撃によって勝敗を決するという戦術思想だった。敵艦の砲弾が届かない位置から、…
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 現代の日本人と昔の日本人とは別人のような日本人である。
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 琉球言語は、日本国語の古典言語に近く、中国語や朝鮮語とは別言語である。
 故に、琉球言語を学ぶと日本の古典言語が学べると言われている。
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 戦前の日本は、国土を焦土にする本土決戦、民族が死滅する1億総玉砕の準備時間を稼ぐ為に沖縄を捨て石にしたのは事実であるが、偏見と差別で見捨てたわけではなかった。
 軍部が見捨てなかった証拠として、生きては帰れないであろう沖縄攻防戦に貴重な陸軍守備部隊と戦艦大和の水上特攻やカミカゼ特攻などで日本人青年数万人を人身御供に差し出した。
 当時の日本人、沖縄県民であれ本土の日本人であれ避けられない運命としての「死」を覚悟し、死ぬのが今日か明日かの時間的な違い、命が奪われるのが沖縄か本土かの地理的な違いでしかなかった。
 つまり、本土の日本人は沖縄県民を犠牲にして自分だけ助かろうという「さもしい」根性からではなかった、という事である。
 それは滅びの美学とは無関係で、武士道精神や百姓根性の「最後は必ず勝って生き残る」という「肉を切らせて骨を断つ」という弱者(小国)が強者(大国)に対する一か八かの捨て身の戦法であった。
 本土復帰後の現代における沖縄問題は、戦後日本の問題であって、戦前日本の問題ではなかった。
 日本民族は「止むに止められない大和心」という惻隠の情を心情として、友・友人、親友の苦境を知りながら知らんふりして見捨てる事ができず、ましてや生死を共にして戦う戦友を置き去りにして逃げる事などできるはずがなかった。
 それが、カミカゼ特攻の精神であった。
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 靖国神社の心・志・精神は、戦前の軍国日本にはあったが、戦後の平和国家日本にはない。
 が、1980年頃まではあったが、1990年以降から消え始め、2020年以降には完全と良いほどに消滅した。
 消滅させた日本人とは、リベラル派・革新派そして一部の保守派やメディア関係者、学者・教育者、その他である。
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 諫山創「人はいずれ死ぬ。ならば人生には意味がないのか?死んだ仲間もそうなのか?あの兵士たちも、無意味だったのか?いや違う‼あの兵士に意味を与えるのは我々だ‼あの勇敢な死者を‼哀れな死者を‼想うことができるのは生者である我々だ‼我々はここで死に、次の生者に意味を託す‼」(『進撃の巨人』)
 同じ自殺行為といっても、カミカゼ特攻とイスラムテロリストの自爆テロとは根本的に意味が違う。
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 映画・スペック「生と死を峻別する事に意味はない。
 他者が認ずれば死者とて生命を持ち、
 他者が認ずる事なければ生者とて死者の如し」
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 イザベラ・バード「わたしは死んだ過去の時代の霊魂が私の背後に近づいてくる、と感じた」(伊勢神宮参宮して)
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 H・P・ラヴクラフト「人類の感情の中で、何よりも古く、何よりも強烈なのは恐怖である」
 人類は、恐怖に打ち勝つ為と真理を究める為に宗教を編み出した。
 最強の恐怖とは「死」であり、究極の真理とは「生」である。
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 マンガ「アシュラ」 原作 ジュージ秋山
 私は お前に教えられた。
 それは
 命喰らわずして生きられぬ人の性(さが)である。
 海に生まれた命を奪い
 野山に育つ命を奪い
 人は生きて行く。
 罪を背負い
 それでも与えられた命の限りを生きようとあがく。
 だからこそ 
 この世は美しい。
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 石原慎太郎「(靖国神社参拝について)根本を云えば、民族としての〝垂直の情念〟をどう認識するかということなんだ。国の礎として斃(たお)れた死者の存在を抜きにいて今生きている我々の価値観だけで国家民族の命運を決めていいのか。その慮(おもんばか)りと畏怖が今の日本人にはない。
 〝死者の不在〟ということを強く感じるね。今の日本には死者の居場所がない。それぞれの家庭を見ても仏壇なり、神棚なり、壁に掛けた写真でもいい、死者たち、亡くなった両親や祖父母、曾祖父さんや曾祖母さんの占める場所があるかね。核家族が当たり前になって家の中で身内の死を見取ることもない。死は病院の中にしか存在せず、家の中には生者しかいない」
 「靖国参拝は政治じゃないんだよ。参拝は殊更(ことさら)なことじゃないし、褒められる事でもない。ただある少年の日に米軍機を追撃して私を守ってくれた、芋畑で仰ぎ見た戦闘機のパイロットがそこにいるかもしれず、確かなことは女房の親父や多くの親戚が私にとってあそこにいるといことなんだ」
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 昭和天皇「本土決戦を行えば、日本民族は滅びてしまう。そうなれば、どうしてこの日本という国を子孫に伝えることができようか。自分の任務は祖先から受け継いだ日本を子孫に伝えることである。今日となっては、一人でも多くの日本人に生き残ってもらいたい、その人たちが将来ふたたび立ち上がってもらう以外に、この日本を子孫に伝える方法はない。そのためなら、自分はどうなっても構わない」(1945年8月10日聖断)
 天皇にとって民(日本民族)は「大御宝(おおみたから)」である。
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 天皇の意思は「大御心(おおみこころ)」で、民は「大御宝(おおみたから)」として、天皇日本民族は信頼という硬い絆で結ばれていた。
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 日本の自然は、数万年前の石器時代縄文時代から日本列島に住む生物・人間を何度も死滅・絶滅・消滅させる為に世にも恐ろしい災厄・災害を起こしていた。
 日本民族・日本人は、自然の猛威に耐えて生きてきた。
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 人類の誕生と大移動は運命である。
 日本人の祖先はアフリカのサルであるは宿命である。
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 600万年前~700万年前 人類(ヒト属)の祖先はチンパンジーボノボの祖先である類人猿から別れて進化していき、幾つかの人類種が枝分かれするが一つの系統を残して全て絶滅した。
 10万年前 新人・現生人類(ホモ・サピエンス)は、アフリカで誕生し、世界中に移住していった。
 数万年前 新人・現生人類(ホモ・サピエンス)は日本列島にたどり着き、上陸した、漂着した、流れ着いた。
 数千年前 揚子江流域民である弥生系渡来人が山東半島から朝鮮半島を経由し、続いて中国旧満州地方に住んでいた古墳系帰化人が朝鮮半島を経由して日本列島に移住してきた。
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 日本土人である縄文人ヤポネシア人=石器人の子孫)は、日本列島を中心に、南は琉球(沖縄)、北は蝦夷地(北海道)・北方領土南樺太、千島列島その一部はカムチャツカ半島から北米大陸西北部太平洋沿岸まで、西は朝鮮半島南部、日本海縄文人の海)を主要航路として手漕ぎ丸木舟で移動していた。
 中国や朝鮮では、朝鮮半島南部に住んでいた先住民の弥生系日本人を倭族と偏見を持って軽蔑し差別していた。
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 日本文明は、揚子江流域(江南地域)にあった漁労農耕の温和で平和志向の長江文明の後継文明であって、黄河流域で軍事優先で栄えたの領土拡大・侵略志向の好戦的黄河文明の亜流文明ではなかった。
 朝鮮文化は、黄河文明の亜流であった。
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 ヤポネシア人とは、東南アジアの南方系海洋民と長江文明揚子江流域民が乱婚して生まれた混血した雑種である。
 数万年続いた日本列島の石器時代縄文時代は、争いのない、戦争のない平和な時代であった。
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 日本民族琉球民族アイヌ民族は、石器人(ヤポネシア人)、縄文人(日本土人)を共通の祖先とする同種・同血族であって、中華民族、漢族、韓国人・朝鮮人とは血の繋がりが薄い別種・異種のアジア人であった。
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 日本民族は、石器人(ヤポネシア人)、縄文人(日本土人)、弥生人(渡来人)、古墳人(帰化人)が混じり合い乱婚し混血して生まれた雑種である。
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 アイヌ民族は、石器人(ヤポネシア人)、縄文人(日本土人)にシベリア・沿海州樺太北方領土4島・千島列島・カムチャツカ半島などオホーツク海沿岸に住んでいたオホーツク文化人が南下してきて、混じり合い乱婚し混血して生まれた雑種である。
 アイヌ人は住んでいる島・地域によって幾つかに枝分かれして、それぞれ他の人種・民族と乱婚を繰り返し混血度を濃くして独自の微妙に違う生活スタイルで生きてきた。
 蝦夷地・北方領土アイヌ樺太アイヌ、千島列島アイヌカムチャツカ半島アイヌ、その他。
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 琉球民族は、石器人(ヤポネシア人)、縄文人(日本土人)に揚子江流域・東南アジアから渡って来た人々と混じり合い乱婚し混血して生まれた雑種である。
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