👹24:─1─国葬「サイレント・マジョリティー議論」の空虚。本当の多数派は誰か。~No.87No.88No.89 

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 安倍晋三元首相は、内政で成果が出せなかった為に日本人に嫌われたが、世界の平和に貢献し国際外交を牽引した為にアメリカや、イギリス、オーストラリア、台湾、インドなどの同盟国・友好国とウイグル人チベット人、モンゴル人の諸民族から信頼されていた。
 安倍晋三元首相を嫌った外国とは、中国共産党政府、韓国・北朝鮮、ロシアの4ヵ国である。
 中国共産党政府、韓国・北朝鮮、ロシアの4ヵ国は、昔から変わらない「日本を侵略する可能性のある」敵日・反日で、「日本を助けてくれる」親日・知日ではない。
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 2022年9月30日 MicrosoftNews 東洋経済オンライン「国葬「サイレント・マジョリティー議論」の空虚 賛成か反対か、本当の静かなる多数派は誰なのか
木村 隆志
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 国葬に対する「サイレント・マジョリティー」をめぐる議論はいまだ決着を見せていません(撮影:梅谷秀司<左>、JMPA代表取材 濱崎慎治<右>)© 東洋経済オンライン 国葬に対する「サイレント・マジョリティー」をめぐる議論はいまだ決着を見せていません(撮影:梅谷秀司<左>、JMPA代表取材 濱崎慎治<右>)
 今週の話題は、まさに国葬一色。テレビもネットも関連ニュースであふれ、それは国葬が終わって数日間が過ぎた今なお続いています。その中で最も活発な議論が起こっているのが、「サイレント・マジョリティー」。
 【写真】国葬会場周辺の様子はどうだったか?
 これは国葬が行われた日本武道館近くの九段坂公園に設置された一般向けの献花台に5kmを超える長蛇の列ができたことが発端となったもので、それまで「国民の約6割が反対」などの報道ばかりだったことに対するカウンターのフレーズでした。
 静かに並んで哀悼の意を示す姿に感動する人、「ノイジー・マイノリティの声ばかり採り上げる偏った報道をやめろ」とメディアへの不満を漏らす人、黙祷に合わせて音を鳴らした反対派に怒りの声を上げる人などが、サイレント・マジョリティーの多さと素晴らしさを次々につぶやいたのです。
 議員たちが声を上げたことでサイレント・マジョリティーをめぐる議論はますます活発化しました。
 まず松川るい自民党参議院議員が、「国葬議は素晴らしかった。8年8か月を振り返るビデオはいかに安倍総理が日本のため戦い続けてくれたか、温かいお人柄も伝わった。菅前首相の追悼の辞には涙が流れ、拍手が湧き起こった。そして、一般献花の列は4キロを越えた。サイレント・マジョリティがどこにあったか明らか」とツイート。
 しかし、そのツイートに米山隆一衆議院議員が、「私もその列の一員でしたが、それは違いますよ。東京の人口は1400万人、首都圏なら3500万人程度になります。参列した2万3千人は東京の0.16%、首都圏の0.07%のマイノリティに過ぎませんし、献花に行動しており『サイレント』でもありません。あくまでサイレント・マジョリティーは60%の反対派です」と真っ向反論。
 人々に「どちらがマジョリティーで、どちらがマイノリティなのか」という議論をうながしました。
 国葬の賛成派と反対派の議論が激化
 また、有村治子自民党参議院議員は、「『静かなる主張』花を携え、他者をおもんばかりながら、自らの想いを届けようとされる多くの方々 尊厳を守り、静かなお見送りのために、主体的に行動される国民の意志 優しさと敬意、尊重と行動 天の安倍元総理にきっと届いている 日本の『静かなる意志』」とツイート。
 これを受けて作家でジャーナリストの門田隆将さんは、「反日メディアがいくら騒いでも国民は毅然としていた事が証明された歴史的な日」などとツイートしたほか、国葬賛成派と思われる人々が勝ち誇るような声を次々に上げました。
 つまり、「国葬の賛成派はサイレント・マジョリティー、反対派はノイジー・マイノリティであり、結局サイレント・マジョリティーが勝った」という声が飛び交ったのですが、今回の論争はここで終わらず、まだまだ続きます。
 漫画家の小林よしのりさんがブログで、「確かに献花がたった2万人超なら、統一協会の動員で十分集まる。統一協会の権力浸食問題は、そういう邪推や偏見を生んでも仕方がないということなんだ」「コミケなら1日10万人が集まるのに、国民の巨額の税金を使ってやった国葬が、たったの2万人か!」「2万人なら、自民党葬でよかったじゃないか!」などとコメントをたたみかけて物議を醸しました。
 そんなサイレント・マジョリティーをめぐる議論は、いまだ決着を見せず、どちらが優勢かすらわからない混乱が続いています。国葬の賛成派と反対派が激しい言葉をぶつけ合い、国民を分断するような混乱を招いてしまった理由は何なのでしょうか。
 国葬の賛否と献花の列は別の話
 今回のサイレント・マジョリティーをめぐる混乱の発端は、「国葬への賛否と献花の列を単純に結びつけたこと」に他なりません。そもそも国葬への賛否と献花は、まったく別の話。たとえば国葬に反対でも、安倍晋三元首相に弔意を表し、献花を行った人もいるでしょう。
 50万人を超えたデジタル献花も含め、「献花の行列はすべて国葬の賛成派」とみなすことに無理があるにもかかわらず、それを主張したことで反対派を刺激してしまった感は否めません。それまでメディア報道が反対一色だったため、賛成派の人々が「やっと声を上げられる」「今が反撃のときだ」という心境になりやすかったのは確かですが、「献花の行列はすべて賛成派のサイレント・マジョリティー」と言い切るのは強引すぎました。
 今回の行列やデジタル献花は、「弔意を表した人がマジョリティーかもしれない」という可能性を感じさせましたが、それがイコール「国葬の賛成派がマジョリティー」というわけではないでしょう。また、逆に参列もデジタル献花もしなかった人がすべて反対派でノイジー・マイノリティというわけでもないはずです。
 さらに、「平日の日中に献花をするほどの人々が本当に今までサイレントだったのか」も疑わしいところ。それらがあいまいなままサイレント・マジョリティーを主張するほど、「反対派をねじ伏せるための詭弁だ」と疑われやすくなるだけに、賛成派にとっても得策とは言えないのではないでしょうか。
 特に政府関係者や自民党議員が、「行列やデジタル献花はサイレント・マジョリティー」と言い切ってしまうと、むしろ「自分たちに都合の悪いことを隠そうとしているのではないか」などと疑われてしまうリスクがあります。実際、今回の混乱は賛成派の人々や自民党議員らの主張がブーメランのように返ってきたことで起きた感がありました。
 実は賛成でも反対でもなく、冷めた目で遠巻きに見ているだけの人々が多く、そんな彼らこそがサイレント・マジョリティーなのかもしれません。
 「わからないまま終わった」が多数派か
 今回、国葬反対派で最も説得力があったのは、「行列やデジタル献花の人数が少ないのではないか」という声。
 平日の日中とはいえ数万人、無料ですぐにできるデジタル献花が約50万人という数は、在任期間歴代1位の安倍元首相にしては多いとは思えないのです。もし安倍元首相の政治的評価が定まったあとに行われていたら、もっともっと多くの人々が献花をしたのではないでしょうか。
 「なぜ献花をした人が少ないのか」の理由は、「わからないから」でしょう。今回は、安倍元首相の政治的評価に加えて、旧統一教会との関係性、国葬の定義や決定までの流れ、費用が適正なのかなど不明瞭なことが多すぎました。
 判断材料がない状態で「賛成なのか、反対なのかもわからないまま終わってしまった」という人々が多く、「そもそも興味がない」という無関心層も含め、彼らこそがサイレント・マジョリティーに見えるのです。
 実際、ネット上で「献花もデモもしないで仕事や家事をしていただけの人がサイレント・マジョリティーだよな」というニュアンスの声をいくつか見かけました。日々の生活に追われているうえに、判断しづらいこともあって、関心が薄いまま終わってしまったのでしょう。
 かくいう私自身、この立ち位置であり、国葬決定からの混乱を遠巻きから静かに見ていましたし、「賛成」とも「反対」とも言えませんでした。今回のサイレント・マジョリティーをめぐる議論は、私のような人々を置き去りにして行われていることに違和感を抱いてしまうのです。
 根底に単純かつ危険な「2択思考」
 最後に書いておきたいのは、国葬をめぐる混乱の根底にあった単純かつ危険な2択思考。今回の国葬で言えば「賛成か、反対か」の2択ではなく、「規模や予算によっては」「統一教会の疑惑を晴らしたあとに」などの条件付き賛成・反対の人も多かったのではないでしょうか。
 「賛成か反対か」の2択はわかりやすい一方で、「敵か味方か」「正義か悪か」にも似た危険な議論の手法。2択以上のことを考えない思考停止に陥りやすいうえに、「相手を認めず打ち負かそう」とするなどの排他的なところがあります。
 もともと「1択しか認めない」という独裁は最もあってはいけないものですが、その次に避けたいのが2択。国葬反対派のデモが行われた現場では、賛否両派が互いの主張を押しつけて罵り合うなど一触即発の見苦しい様子が見られました。単純かつ危険な2択思考が分断につながり、混乱を招いてしまったのでしょう。
 今回の国葬に関しては、そのプロセスが賛成と反対の2択思考を生んでしまったところがありましたが、今後の教訓にしていきたいところ。少なくとも政治的なことに関しては、多いであろう無関心層を巻き込めるような建設的な議論が交わされる国であってほしいと願わずにはいられません。」
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