🎻43:─1─阪神・淡路大震災。人権派はオウム真理教の破壊活動防止法認定に反対した。村山首相談話。1995年~No.123No.124No.125 @ 

東京裁判への道 (講談社学術文庫)

東京裁判への道 (講談社学術文庫)

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   ・   ・   {東山道美濃国・百姓の次男・栗山正博}・  
 90年代後半 アメリカでは、戦時中に強制労働等の非人道的行為を行ったとされる日本企業28社に対する損害買収訴訟が行われていた。請求総額は約100兆円で、有罪判決を受けると全ての企業は倒産するであろうとされた。
 訴訟を行ったのは、アメリカ人元捕虜とアメリカ在住の韓国人と中国人であり。
 日本の戦争犯罪を告発する善良な日本人は、敗訴して日本経済が崩壊する事を承知で協力していた。
 日本政府も、及び腰となっていた。
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 1995年頃 社会党自民党の連立政府。政府と与党は、北朝鮮が軍事資金に転売する事を充分に知りながら、食糧支援の名目で大量のコメ約110トンと支援額1,600億円以上を送った。民間銀行からは、1兆円以上が北朝鮮に送金されたという。多い年では、1,400隻以上の工作船が日本に密入港しているとといわれた。
 日本の一部の新聞と左翼・左派のマルクス主義者は、人道的行為であると称賛した。知的リベラリストは、北朝鮮工作船を発見すれば武力行使する事なく、ただ追い返すだけに留めるべきだと主張した。反戦平和団体も、日本には交戦権はないと以上、平和的に工作船は見逃すべきだと主張した。、
 北朝鮮は、日本から得た米と資金で軍備を強化し核開発を行った。北朝鮮の核ミサイル(部品の7割以上が日本製)は、皇居など皇室関係の地区に照準が向けられているといわれている。
 1995年 沖縄。アメリカ兵少女暴行事件。アメリカ兵による性暴力が後を絶たず、沖縄県民による反基地運動が盛り上がる。
 同様の事件は、世界中に駐屯するアメリカ軍で起きていた。アメリカは、犯罪を起こしたアメリカ兵を現地国家の法律で裁く事を拒否し、本国に送還して軍事裁判を行っている。判決は、犯罪に較べて軽かった為に、被害を受けた現地では反米感情が起き、所によっては反米暴動が起きていた。
 中国海軍は、フィリピン領南沙諸島ミスチーフ環礁に上陸し、軍事施設を作り軍事占領した。
 中国は、国際法を順守する意志は微塵もなかった。
 中国の海洋戦略は、南シナ海東シナ海の占領であり、日本領尖閣諸島の略取であった。
 中国は、日本とは違って用意周到に行動し、日本が弱体化するのを辛抱強く待っていた。
 日本は、中国に比べて無能無策であった。
 左翼左派のマルクス主義者は、中国に利するが如く、自国を守国防に猛反対し、日米安保の廃止を求め、沖縄からの米軍基地の排除を訴えていた。 
 中国は、尖閣諸島と沖縄を確保するべく、日本国内の支持者を動員していた。
 中国共産党は、反日愛国教育の一環として、南京に南京大虐殺記念館と全土に抗日勝利記念館を建設した。
 日本政府は、中国国内での反日運動を恐れて、中国が要求するままにODAを増額して提供した。
 アメリカの政策決定者は、国際社会での主要プレーヤーを日本ではなく中国と見なす事に合意し、日本に変わって中国を重要なパートナーとすべきであると提言した。
 日本は、アメリカの中国進出に後れを取らない為に中国への投資を拡大し、中国産業を育成するべく技術者を派遣して最新技術を教え、中国市場を活性化させる為に新たに生まれた中産階級日本製品を売った。
 中国は、経済発展と軍事力強化の為に、和やかに日本資本の進出を歓迎したが本心は別の所にあった。
 函館全日空機ハイジャック事件。テロには屈しないという世界常識を持つ国であれば、次の悲劇を招き、より多くの犠牲者を出さない為に、特殊部隊を突入させハイジャック犯・テロリストを射殺する。
 火器使用による乗客や搭乗員の犠牲も覚悟の上で、突入作戦を実行した。
 だが、世界の常識が通用しない日本ではそうした事例は起きない。
 当時の村山富市首相は、深夜に警察の特殊強襲部隊(SAT)を突入させる計画を聞いてその決断を避けた。
 「私には決断できない」
 SATが突入してテロリストやハイジャック犯を射殺するという事は、テレビや映画の中ではあっても、現実の日本において犯罪解決に出動を命じる政治家はいない。
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 ハリー・サマーズ大佐(陸軍戦略大学教授)「アメリカは、困窮した同盟国に兵器や装備を与えたり、軍事的な助言や援助を与える事はできるが、その国が最終的に勝利を得る事ができる意志や、自助努力を与える事はできない。アメリカは、その国が自分自身で解決しようとしてい事を助ける事はできない。……
 アメリカは、北ベトナムが侵攻してきた際には、武力介入を行う事を約束した。けれどもそれから2年後、北ベトナムが数個の師団をもって南ベトナムに侵攻してきた際に、アメリカは約束を果たさなかった。その理由は、恥ずかしい事だが、簡単だ。『条約というものは、それが国益に適う時には、守るべきだ』という、1809年のワシントン・アーウィングの言葉によく表されている。つまり南ベトナムへの軍事支援は最早、アメリカの国益に適っていなかったのだ」
 アメリカは、国益を最優先に考え、如何に重要な同盟国とはいえ自分で自国を守らない国を助ける必要はないと切り捨てていた。
 武器を持って戦う意志のない同盟国の為に、アメリカ人青年を戦死させる義理はないと。
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 1995年 円貨は、ドッジ・ラインによる固定相場制から自由相場の変動相場制に移行し、1973年の1ドル=360円が円高になるや輸出産業は大打撃を受けた。
 日本企業は、国際競争力を上げるべく技術革新、生産性向上、コストダウン、生産拠点・工場の海外移転などで、苦境を乗り越えるべく努力をした。
 国際市場に於ける自由競争に勝ち残る為には、国家・政府・官庁における規制を緩和する必要があった。
 国家統制という、船団方式の1940年経済体制が破綻した瞬間である。
 1月17日 阪神・淡路大震災
 自治体は、自衛隊に対して災害支援の出動要請を行わず、警察と消防のみで火災の消火と被災者の救助を行おうとした。
 自衛隊は、地方自治体の要請がなければ出動できなかった。
 同時に、アメリカ軍の支援も断り、大量の補給物資を積んだアメリカ軍艦艇の入港を拒絶した。
 神戸の暴力団は、社会貢献として、被災地で炊き出しを行った。
 日本人被災者は、喜んで暴力団から食べ物を貰った。
 法を重視する外国人は、暴力団の社会貢献を否定し、食べ物を貰う大多数の日本人が理解できなかった。
 村山富市首相「初めての事じゃから」
 政府と県や市の対応は後手に回り、被害は拡大して、犠牲者を増やした。犠牲者数、約6,000人。
 左翼・左派のマルクス主義者は、被災者の救済よりも個人の政治信念を優先し、犠牲者の命を救う目的であっても自衛隊の被災地派遣に猛反対した。
 反戦平和市民団体は、非暴力無抵抗主義から「非武装中立」を掲げ、自衛隊暴力装置として嫌悪し、戦争を防止する為には国防力を失っても良しとして自衛隊廃止を訴えている。
 自衛隊の早期投入がなされていれば、多くの命が助かったと言われている。
 大半の政府閣僚は、被害の大きさに自失茫然として事態を収拾する能力なく立ち尽くした。
 多くの政治家は、危険な被災地に飛び込んでいく事を嫌って安全な東京を動かず、有効な政策を早急に審議して決めようとせず、愚にもつかない建前論で貴重な時間を浪費していた。
 被災者は、無能な政治家や官僚・役人の犠牲となった。
 地震直後の犠牲者は天災によるものであったが、その後の犠牲者は戦後日本という人災によるものであった。
 戦後の日本人は、事なかれ主義体質が強くなり、無責任となって逃げる事に汲々とする日本人となり果てた。
 現代の日本人と戦前の日本人は、全く別の日本人である。
 だが、「何故か」、日本は崩壊する事なく、焼け野原の中で踏ん張って残った。
 ロサンゼルス・タイムズ「アウトローは、略奪するものだ」
 自由を尊重する市場経済において、自然災害で人が困っている時には、手持ちの商品を売り惜しみし、相手の足下を見て高値を付けて売って利益を得る事を正当行為と認めている。
 利益優先の経済学に置いて、被災者に同情して赤字を覚悟で安値で売る商売は自殺行為であるとして禁止している。
 つまり、日本は世界常識を知らない国とされた。
 日本は、急速に、弱者に冷たい国になっていった。
 政治家は、民意という雰囲気で右往左往して政治力をなくしていった。
 日本は、この時から、伝統的美徳を捨て去り、国際化の名の下で確実に変質していった。
 被害地のコンビニで、中国人や朝鮮人ら犯罪者による強奪事件が発生していた。
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 自民党は、政権党に復帰する為に社会党と連立を組んだ。
 社会党は、護憲政党の看板を下ろし自衛隊の存在を容認する見返りとして、党首の村山富市を総理大臣にする事を要求した。
 自民党は、社会党の要求を呑んだ。
 自民党の劣化し、自民党議員の政治家としての見識のなさが証明された瞬間である。
 この後。国会には、権力に付随する利権に群がる欲得だけの政治屋(ポリティシャン)が増加して、国家の未来と国民の安全を憂い行動する政治家(ステーツマン)が激減した。
 第三種として、熾烈な現実から目を逸らし空想的理想論を夢見る思い込みアマチュア政治家が現れ始めた。
 つまり。日本は、歴史上初めてリーダー不在の狂気の時代に突入した。
 在日米軍は、同盟国として、空母インディペンデンスとボランティア団体アメリケアの救援物資100トンと医師団8名の応援派遣を申し込んだ。
 反米反安保市民団体と反自衛隊市民団体の護憲派は、自衛隊の被災救援派遣とアメリカ軍の災害支援受け入れは「憲法違反」として猛反対した。
 村山富市首相は、人命より自己の信念を優先して、自衛隊の緊急出動を禁じ、在日米軍の申し込みを断った。
 厚生省は、無報酬で被災地治療を申し込んでいるアメリカ人医師団は「医師法に違反する」とし、インフルエンザの生ワクチンと解熱鎮痛剤タイレールは日本では認可されていない薬品で「毒物及び劇物取締法に違反する」とし、アメリカ医師団に治療させない為にアメリカ軍が被災地に持ち込もうとした全ての医療器具は衛生上好ましくないとして消毒を徹底するよう指導した。
 日本政府と兵庫県及び神戸市は、出来もしない努力をお題目として唱えて行動せず、被害が拡大するのを無能無策で傍観して、自衛隊を投入し在米アメリカ軍の支援を受ければ助けられたはずの被災者を死なせた。
 日本政府は、緊急時において、国家の安全を守り国民の生命を守るという危機管理能力を完全に消失していた。
 それは、革新派も保守派も変わりはしない。
 思想ではなく〜イズム(主義)に凝り固まって柔軟性をなくした護憲派リベラルは、他人である自国民の生命より個としての自分の信念を最優先していた。
 彼らのは反応は、「自分に好ましい」か「自分に好ましくないか」の単純な二元論的な「二進法的反応」にすぎない。
 そうした無責任な自分だけを大事にする姿勢は、この後、オウム真理教破防法指定反対運動や東日本大震災福島第一原子力発電所事故にも現れた。
 だが。二元論的な二進法的反応は、左翼・左派の革新派も右翼・右派の保守派も同じである。
 日本人は、冷静に思索にふけて物事を決める事が出来なくなって、単細胞的瞬間沸騰型となっり後先を考えられず暴走し始めている。
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 経営赤字にあったダイエーの仲内功は、もたついて迅速な被災者救済を行わない政府や県庁を尻目に、陣頭指揮を執って神戸に大量の救援物資を送り、電気が点くローソンに客が来なくとも明かりを点けるよう命じた。
 一企業であるダイエーの行った救援物資の量は、国の救援体制で行われた補給作戦を遙かに凌いでいた。
 仲内功「国に絶望した。なんでこんな国に高い税金を払い続けていたんやろうかと思うと、改めてむかっ腹がたった」
 政治家・政府や官僚・諸官庁の劣化は年々酷く、彼等は年度末の各種統計数値を気にしても、その先に生きたいる国民の事など気にはしていない。
 劣化した政治家や官僚達は、同じ様な失敗と被害を、2011年3月11日の東日本大震災でも再演していた。
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 阪神・淡路大震災は、日本におけるボランティア元年とも言うべき大災害であった。 
 日本には、昔から地域的な助け合いや行政による限定的な支援はあったが大がかりなボランティア活動は初めてで、西洋の様なキリスト教会を中心とした国境を超えた奉仕組織もなかった。
 日本の宗教団体は、被災者の救援と心のケアというボランティア活動に関して無力で、葬式仏教として死者の弔いしかできなかった。
 これまでの日本人被災者は、大災害に襲われ被災地に投げ出されても行政や宗教団体の支援を当てにできず、被災した者同士で助け合いながら乗り越えるしかなかった、この大震災を境として途方に暮れて立ち尽くさずにすむようになった。
 社会変化の要因は、昔はムラ共同体として大家族で地域との絆で生活していたのが、現代は都市共同体として核家族や一人暮らしで地域とのつながりを遮断して生活しているからである。
 現代日本人は、家族や親戚の助けが当てにできない為に他人に助けて貰うしかない。
 つまり、「遠くの親戚より、近くの友人」である。
 日本人が思想として持っていた血縁・地縁を基にした大家族主義が、無縁の赤の他人による集団主義に変質した瞬間である。
 欧米のボランティア活動は宗教的奉仕の精神を伴っているが、日本のボランティア活動には宗教性はなく、宗教を前面に出したボランティア活動は排除された。
 多神教による多様な価値観を持つ日本人は、絶対神による奇跡など信用していない為に、「神に祈る暇があったら手を動かせ、祈る事は後でも出来る」である。
 宗教に関心の薄い日本人は、強引に表に出ようとする個性の強い宗教を嫌悪し、対立や不和の原因になるとして地域社会から追放し、胡散臭く煩わしいとして身近から遠ざけようとする。
 全国から多くの若者が、被災地に入ってボランティア活動を行った。
 ボランティア活動は、無償の善意の活動で、強制でなないし義務でもなく、自主的な善意による支援活動である。
 堀内正美(「がんばろう!!神戸」元代表)「阪神大震災では、当時の貝塚民兵庫県知事が復興庁を作らないように国と掛け合った。その結果、復興資金はスムーズに下りてきて、地元に町造りを任せる事ができた。私達のような市民団体も町造りの為の会議のテーブルについて知恵を出し合う事が出来たのです。東北の不幸は復興庁が出来てしまった事です」
 神戸市は、他に例を見ない速さで復興を遂げ、震災発生から7ヶ月後には避難所を閉鎖し、5年目を前にして仮設住宅をなくし、6年目には人口が震災前を上回った。
 神戸の復興は、奇跡ではなく、地元住民がお互いの利害を超えて立ち上がろうとした活力、日本的な民力の賜物である。
 だが、見識なく決断できない政治家と復興以外に予算を流用し省庁の既得権を守ろうとする官僚が存在すると、東日本大震災のように復興は思うようには進まない。
 復興・再生は被災した現場で行う事であって、被災地から遠く離れた後方ではないし、ましてや東京の首相官邸や国会や霞ヶ関ではなかった。
 将来。少子高齢化が進み若者が激減したら、ボランティアを行う者も減る。
 労働力不足を補う為に外国人移民を行えば、少数がボランティアに参加しても、大多数は支援物資を受ける側に回る。
 そして。外国の災害の事例を見れば明らかなように、日本人的感覚を持たない外国人移民は混乱に乗じて暴動を起こして略奪行為に走る。
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 フランスの救助隊は、瓦礫の下敷きとなった被災者を探す為に救助犬を連れて緊急来日した。
 日本の官僚は、倒壊した建物の下で助けを待つ被災者の命よりも、国外から持ち込む犬は3週間隔離するという法律を優先した。
 日本政府も、超法規的措置をとって救助犬を被災地に入れて人命を救わねばならなかったのに、法律を優先して動かなかった。
 戦後の日本は、平和憲法は権力の暴走を縛る砦として、臨機応変による人命よりも、法律の命ずる手続きを取り、法律が許可する範囲での行動のみを善しとしている。
 つまり、国家は、平和憲法による法律を護るのであって、国民は守りもしなければ助けもしないと。
 日本には、情緒的な人としての情は消滅し、合理的な硬直した法律重視が支配している。
 災害救助の緊急時にヘリコプターで被災地に救援物資を落とすと「航空法違反」の罪に問われ、自衛隊の車輌が被災者救出の為に許可なく公道を走る事は禁止されている。
 大火災を食い止める為に燃えていない住宅を破壊する、破壊消火は禁止されている。
 日本の法律は、市民の権利と資産を守る事を最優先課題として、災害対応は二の次にされている。
 政府と中央官庁そして地方自治体における災害対応力はなく、毎年災害が発生してもその経験知は蓄積されないし、教訓として対応策が決定してマニュアル化されても生かされない。
 日本は、同じような失敗を繰り返している。
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 1月31日 今上天皇・皇后両陛下は、震災の被災者を慰問された。
 被災者の多くは、政治家が幾人来てもっもらしい事を言っても感動しなかったが、今上天皇・皇后両陛下が慰問に訪れお言葉をかけられた事のみにで感動した。
 この感動と勇気は、どんな政治家でも、如何なる聖職者でも、被災者に与える事が出来ない。
 3月20日 伝統的宗教は、古くからの地縁や血縁で、信者と密接な関係を維持していた。
 カルト教団は、サークル的同志縁として、社会貢献より強引な勧誘と強制的なお布施を行った。
 宗教団体・オウム真理教による東京地下鉄サリン事件。絶対価値観を信仰する宗教家は、狂信的に狂気に暴走しやすい。
 警察当局は、オウム真理教団を一斉捜査した。
 人権派(左翼・左派のマルクス主義者)は、反権力からオウム真理教に同情し、破防法指定団体にする事に猛反対した。
 人権派の他人無視の自己満足のお陰で、平穏に暮らしていた市民生活は脅かされる事になった。
 日本人は、人を平然と殺す宗教の狂気に恐怖し、神の正義を疑った。
 既存宗教がカルト集団を正しい道に導けない無力さが知れ渡るや、日本人の若者の間で宗教離れが加速した。
 現代の新興宗教の多くは、金儲け・現世利益を新たな神として、古の神を否定し、神殺しを進めている。
 新興宗教による犯罪が増え、「神」を振り回し霊力を持つという教組が逮捕された。
 全体から言って、日本人の宗教離れが広がり、宗教に由来する道徳、良心、まごころは衰退し消滅しようとしている。
 営利目的の霊感商法を行う宗教法人が横行して、社会問題となる。
 性犯罪で逮捕されるキリスト教牧師が、後を絶たない。
 日本民族は、他の宗教を誹謗中傷し、迫害し、弾圧する、排他的独善的な普遍宗教を胡散臭く信じない。同様に、左翼・左派のマルクス主義や右翼・右派の正統派儒教などの様な、身分や地位や階級を殊更に強調し、搾取し、虐待し、それ以上に暴力を正義とする破壊的破滅的主義思想も信じない。日本人は、普遍的な絶対価値観を信用しない。その意味において、日本人は無宗教であり無主義者と言える。
 7月 広島市は、スミソニアン博物館での原爆展が中止された為に、ワシントンのアメリカ大学で原爆展を開催した。
 それは、原爆を投下したアメリカを非難するものではなく、世界の平和と人類の未来に警鐘を鳴らす為の原爆廃絶が目的であった。
 決して、戦前の日本を弁護するものではなかった。
 ニューズウィークは、戦後50年目あたる7月24日号で『何故我々は原爆を落としたのか』と題した特集を組み、原爆投下の正当性と国民世論の多数が投下を肯定している事を伝えた。
 「得てして戦時中の政府の行動は、責任者の個人的性格と時の勢いによって決まる」
 「『道徳』は判断基準の一つにすぎず、しかも最も重要な基準ではなかった」
 「当時の状況を考えれば、原爆投下の判断はやむを得ないものだった。避けられなかったといえるかもしれない。厳密にいえば、あれは決断と呼べるようなものではなかったからだ。当時の指導者の間で、原爆投下の是非が慎重に論じられた形跡はほとんどない」
 特集は、原爆投下実験の責任を、ルーズベルトトルーマン、バーンズやグローブスなどの当時の「彼ら」ではなく、アメリカ国民の「我々」に問いかけアメリカ国民全体が負うべきであるとした。
 中国共産党と世界抗日連合は、アメリカの中国人留学生を動員して、アメリカ大学の別の場所で日本軍の残虐行為展を行い、反日アメリカ人学生を集めて反日集会を開いた。
 日本政府は、形式的なコメントで逃げた。
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 8月15日 自社さ社会党内閣村山首相は、日本の侵略戦争を認め謝罪する談話を発表した。
 村山首相談話「植民地支配と侵略によって多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えた。疑うべくもないこの歴史の事実を謙虚に受け止め、ここに改めて痛切な反省の意を表し、心からのおわびの気持ちを表明する」
 自分を中心とする他人無視の排他的な個性派の現代日本人と、自己犠牲を美徳とする他愛他利の没個性のサムライ日本人とは、全くの別人である。
 昔の日本と現代の日本は、全く違う日本である。
 幼稚で口先だけの誠意のない現代日本人は、言葉に責任を持って行動した大人のサムライ日本人とは無縁である。
 現代日本には、人の心に訴えるような「言霊」はすでに死んでいた。
 村山富市首相は、韓国が65年の日韓基本条約で請求権を放棄していた為に、民間として償うとして財団法人「アジア女性基金」を設置し、国民に寄附金を募集した。
 95年から2002年までに合計5億6,000万円が集まり、女性基金が解散する07年までに約48億円の寄附をえた。
 元慰安婦に対して、国家の反省として日本国総理が謝罪の手紙を出し、国民の謝罪の気持ちとしてアジア女性基金から償い金200万円を渡した。
 韓国挺身隊問題対策協議会などの反日派団体は、元慰安婦達に「あくまで日本からの国家賠償を勝ち取る」として受け取りを拒否するように圧力を加え、国際世論に日本の道理なき非情を訴えた。
 アメリカを中心とした世界の幾つかの人権団体は、韓国側の訴えを正当と認めて、誠意なき日本の対して従軍慰安婦問題で猛烈に非難した。
 韓国政府は、挺対協ら反日派団体の行動を黙認し、国際世論を味方に付けて日本政府に要求を受け入れるように公式声明を出した。
 日本の償い金は、台湾やフィリピンなどの元従軍慰安婦とされる女性に手渡された。
 韓国のみが、日本側の謝罪と賠償金を拒否し、日本への非難を強めた。
 9月3日 抗日戦争勝利記念日江沢民主席は、村山談話を踏まえて激しく日本を非難し、日本を告発する演説を国内外に発した。
 「ここ数年、日本では侵略の歴史を否定し、侵略戦争と植民地支配を美化しようとする論調がしばしば出ている。日本は真剣に歴史の教訓をくみ取り、侵略の罪を深く悔い改めてこそ、アジアの人民と世界の理解と信頼が得られる」
 10月 アメリカの大手研究機関・ケイトー研究所は、日米安全保障に関する報告書を発表し、経済力を付けた中国は軍備増強を行って軍事大国化するが、対する日本は集団的自衛権も自主防衛もできない為に同盟は機能せず、極東アジア有事でアメリカ軍を出動させる事は有害である。
 よって。アメリカの国益を考えるのならば、日米同盟は解消すべきであると提言した。
 カリフォルニア大学のチャルマーズ・ジョンソン元教授も、外交雑誌「フォーリン・アフェアーズ」8月号に、日本が集団的自衛権を行使せずアメリカ軍と軍事行動を共にしなければ、国際的にも地域的にも国家としての責任を取らない異常な国と判断して、同盟を平和的に解消するべきである、との論文を掲載した。
 11月 中韓首脳会談。両首脳は、村山談話は歴史問題の解決になら貢献しないという認識で合意し、更なる謝罪を求める事を申し合わせた。
 日本が配慮して発表した村山談話は、無価値であった事が証明された。
 そして。今後も、日本が如何に誠意を持って反省の弁を述べ謝罪表明をおこなっても無意味であった。
 江沢民「戦争終結から半世紀経っても、日本国内には誤った歴史観に立って、日本軍国主義が中国、その他のアジア諸国に対し侵略戦争を発動した事実を否定する幾らかの人が確かにいる」
 金泳三「今度こそ、日本の態度を必ず、改めさせる」
 日本と中国共産党・韓国が抱える歴史問題は国際的関心を呼び、日本に不利な方向へと動いている。
 村山談話は、歴史的に見て失敗であり、日本に張り知れない悪影響をもたらした害悪であった。
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 1996年 国際交流基金は、ワシントン事務所を閉鎖した。
 この後、政財界の機関の多くがワシントン事務所を閉鎖して撤退し、通訳を交えない政治家や財界人のアメリカ人要人とのプライベート交流も減少した。
 代わって、中国人や韓国人のワシントン進出が目立った。
 語学力問題は、児童の語学ではなく、国家の舵取りをする政治家や経済を牽引する財界人の語学力であった。
 日本の存在感の低下は、政治家や財界人や官僚の人間性の劣化が問題であった。
 学校などで子供達に英語を徹底して教えようとしているのは、自分達に語学能力が乏しく苦い経験をしたという、自分の劣等感を誤魔化そうとしているだけに過ぎなかった。
 現代の日本人に比べて明治や大正の日本人の方が、英語やドイツ語を話せなくても国際感覚が優れていた。
 対して。政治家や官僚や企業家は、現代日本人よりも外国語能力は優れていた。
 さらに。志や品格や気概も、現代日本人より遙かに優れて気高かった。
 日本人政治家は、子供のように、中国を訪れ、プライドもなく、中国共産党国家主席に御辞儀して記念写真を撮影させて貰って喜んでいる。
 国連人権委員会は、日本軍の従軍慰安婦を軍隊性奴隷制と表記し、被害者は20万人と認めた。
 日本の市民団体は、インドネシア従軍慰安婦被害者を捜す為に、勇気を持って名乗り出て日本政府に対して賠償金裁判を行えば200万円が得られると呼びかけた。
 中国軍は、台湾の総統選挙に干渉するべく台湾海峡にミサイルを撃ち込んで威圧を加えた。
 アメリカは、中国共産党政府に自制をもたらす為に空母部隊を台湾に派遣した。
 訒小平は、中国の軍事力を強化するべく、日本から得たODAの多くを軍事費に回した。
 中国共産党政府は、将来、アジアの覇権国家を目指して日本から多額のODAを要求した。
 日本は、中国がODAを軍事費に回している事を知りながら、友好関係を優先するとして中国の軍事大国化を積極的に支援した。
 人の好い日本人は、中国人は豊かになったら好戦的な性質を失い平和な温和しい性格になると確信していた。
 現代日本人は、戦後の罪悪歴史観に毒されて、現実の正しい歴史を見ようとせず、自己満足的安直なユートピアを信仰していた。
 日本は、金儲けの為に中国の軍事大国化に貢献した。
 民主党ブルッキングス研究所のマイク・モチヅキ研究員「日本側の憲法を根拠とする集団的自衛権禁止は同盟から双務性
余りにも多く奪い、日米間にギャップを広げている為、その禁止の解除を求めるアメリカ側の期待が広がっている」
 共和党のトーケル・パターソン「集団的自衛権を行使できないとして平和維持の危険な作業を自国領土外で全て他国に押し付けるという日本のあり方では、日米同盟はやがて壊滅の危機に瀕する」
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 中国共産党と中国軍の諜報機関は、日本に対して諜報活動を活発化させ、日本人男性はスケベで美女に弱い事に付け込み、籠絡する政治家や官僚や企業家らに対して美貌な女性をみじかに送り込んでいた。
 世にいう、女性スパイによるハニートラップである。
 駐日中国大使館勤務の経験がある中国人人妻が、北京市公安局の密命を帯びて橋本龍太郎元首相と密接な関係を持ち中国へのODA増額を働きかけていた。
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 台湾海峡危機中国共産党政府は、台湾総統選挙で独立志向の強い李登輝が当選するのを阻止する為に、二発のミサイルを台湾沖に発射して恫喝した。
 アメリカは、空母機動部隊二隊を派遣して牽制した。
 力こそ正義とする中国は、アメリカの軍事力の前に屈してそれ以上の威嚇行動を控えた。
 軍事力を強化する前に国力を付ける必要があるとして、日本との経済交流で技術と資金を得て経済の発展に力を尽くした。
 日本人を油断させる為に、経済が発展し、人的交流が活発となり、民主主義を知れば、中国は国際法を順守する人権と自由を重んずる常識ある国家になるという幻想を与えた。
 親中国派を中心とした日本人は、金儲け目が眩むんで反日中国共産党の意図を見抜けず、中国への深入りすを警戒する声を嘲笑し無視して資金援助と技術供与を続けた。
 アメリカは、中国共産党政府が軍事力を強化する事は周辺地域の安全を脅かす脅威と再認識した。
 アメリカ議会は、政府に対して、翌97年のQDR(四年毎の国防計画見通し)に中国問題を取り上げ、中国軍の軍事力に関する報告書提出を義務付けた。
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 2月 クリントン大統領は、台湾海峡危機の様な事態を避ける為には、中国との意思疎通が欠かせないとして、天安門事件で中断していた首脳の相互訪問を再開する事を決断した。
 9月7日 ケント・カルダー(プリンストン大学日米研究所所長)「リージョナリズム(地域主義)の進行で、日米関係は揺らいでいる。
 中国の台頭はその一つ。米中間は相互に関係改善の方向にある。……いわゆる『日本バイパス論』の傾向は強まっているのだ。……日米関係でいえば、経済関係のの強化よりも、安保問題に重点が移る事になろう」
 9月15日 ニューヨーク・タイムズ紙「モンデール元駐日大使『アメリカは(尖閣)諸島の領有問題でいずれの側にも付かない。アメリカ軍は条約によって介入を強制されるものではない』」
 アメリカ政府は、日本側の問い合わせに対し、「安保条約の第五条は、日本の管轄地に適用されると述べている。したがって、第五条は尖閣諸島に適用される」との正式見解を行った。
 ただし。尖閣有事が起きたら直ちにアメリカ軍が出動するとは、述べなかった。
 つまり。日本人自ら血を流して守ろうとしない日本領土に対して、幾ら金を払われてもアメリカ人青年を犠牲にするつもりはないという事である。
 9月29日 日本の民間放送局は、2万2,234人の女性が日本軍に強制的に従軍慰安婦にされたと名乗り出た事をドキュメンタリー番組として放送した。
 日本共産党は、放送前に情報を得て機関誌「しんぶん赤旗」で詳しい内容を報道した。
 戦時中、インドネシアに駐留していた日本軍は約2万人であった。
 東南アジア全体で、同様の現象が善人の日本人の手で引き起こされ、数十万人の女性が従軍慰安婦にさせられ日本軍に性暴力を受けたと名乗り出た。
 日本の民間団体は、被害者救済として元従軍慰安婦の日本政府への賠償金裁判手続きを手伝い、同時に世界世論に日本を戦争犯罪者として告発した。
 9月末 鳩山由紀夫菅直人は、民主党を立ち上げ、13項目からなる基本政策を発表した。
 「過去の戦争によって引き起こされた元従軍慰安婦問題などの問題に対する深い反省と謝罪を確認」
 10月 村山富市首相は、衆議院予算委員会で、「侵略戦争の定義は定まっていない」と表明した。
 「国際法概念として侵略の定義はない」というのが日本政府の見解で、この後も国会で問われれば同様の答弁を繰り返した。
 10月10日 鳩山由紀夫代表は、外国記者との懇談会で「日本国民が、心からの真の謝罪を一度も行っていないのが問題だ」と述べた。
 11月 村山内閣は、従軍慰安婦問題解決の為に「アジア女性基金」を設立し、国外の元従軍慰安婦に謝罪と見舞金を配り始めた。
 11月14日 インドネシアのスエノ社会大臣は、日本の政府の申し込みに対して記者会見を行った。
 1,インドネシア政府は、従軍慰安婦問題で賠償金を要求した事はない。
 2,日本政府が、元慰安婦にお詫びとしてお金を払いたいと言うのであれば頂くが、元
慰安婦個人には渡さず、女性の福祉や保険事業の為に使う。
 3,日本との補償問題は1958年の協定により、国家的には完結している。
 インドネシアは、国際法の枠内で従軍慰安婦問題を認識し、女性の人権保護を前面に押し出して個人賠償は国際法に基づいた国家賠償とは別扱いとする韓国とは正反対の対応をした。
 日本政府は、インドネシアの毅然とした大人の対応で恥を掻き、国家の名誉を傷付け、国家としての汚点を残した。
 日本の外交音痴ぶりを、世界に証明する結果となった。
 日本の善意ある市民団体は、アジア全体で日本軍によって性暴力を受けた元従軍慰安婦の調査を行い、被害女性の日本政府への賠償請求裁判手続き手伝い、日本は許しがたい極悪な性犯罪集団であると告発した。
 更に。日本人罪悪史観から、日本人の子供達を正しい心を持った国際人に育てる為に、日本人は人類史上最悪な女性を虐待する性暴力民族であると徹底して歴史教育を行った。
 12月3日 アメリカ司法省は、細菌兵器開発の為の人体実験を行った旧日本軍の731部隊の元隊員と従軍慰安婦施設の維持・管理に関与した元軍関係者16人に対して、入国禁止措置を取った事を発表した。
 アメリカは、軍国日本をナチス・ドイツと同じ犯罪国家とし、軍国主義者をナチスと同じ犯罪者とし、靖国神社を戦争讃美の邪悪な犯罪的宗教施設と認定していた。
 日本は敗戦国として戦争犯罪はどんな些細な事までも厳しく追及されたが、連合国の明らかなる人道に対する戦争犯罪戦勝国ゆえに無罪放免とされた。



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