☂34:─1─中学校の昼食中に流された『君が代』に教師の指導に物議。~No.117No.118 

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   ・   ・   {東山道美濃国・百姓の次男・栗山正博}・   

 2023年5月2日 YAHOO!JAPANニュース 週刊SPA!「中学校の昼食中に『君が代』、教師の指導に物議。海外との比較で浮き彫りになった“異様さ”
 昼食中の校内放送で『君が代』ネット上で議論に
 5月29日、大分県の中学校での出来事。昼食中の校内放送で『君が代』を流したところ、教師から「ふさわしくない」と指導されたとのニュースが報じられました。指導を受けた生徒の一人が体調不良を訴え早退したという事実も判明し、ネットがざわついています。
 基本的にポップス系の選曲が中心とのことですが、その日は時間が余ったために放送を担当する広報委員会の生徒の判断で『君が代』を流したのだそう。
 学校は<生徒が悪ふざけで『君が代』を流したわけではないと思われるが、昼食の時間はふさわしくない。教師の指導も適切だった。>とコメントを出しています。(OBS大分放送 2023年5月30日)
 こうした学校側の対応について、ネット上では大半が疑問に思っているようでした。“教師なら昼食時にふさわしくないとする理由を説明しなければいけない”とか、大分県特有の事情として日教組の強さを指摘する声もあり、思想信条の問題からNGを出したのではないかと推測する人もいました。
 確かにいきなり放送室にやってきて“その音楽を止めなさい”と叱られたらびっくりするでしょう。一方、ごはんを食べながらの『君が代』も妙と言えば妙です。もしかしたら先生も“国歌に対して礼を欠く行為だ”と思ったのかもしれない。
 詳細が判明していないため、断定的なことは言えません。いずれにせよいまだに国歌『君が代』が議論を呼ぶシチュエーションが起こり得るのだと再認識させられます。
 世界各国でも同様のケースが
 さて、こうしたニュースがあると、“日本の教育から愛国心が失われている”と嘆く声が多くあがりますが、世界各国でも同様のケースが見受けられるのです。
 2018年にはアメリカ、カリフォルニア州の高校が壮行会で国歌『星条旗よ永遠なれ』を演奏しないと決めました。
 歌詞の中に奴隷制を肯定するような部分(No refuge could save the hireling and slave from the terror of flight and or the gloom of the grave. 敗走の恐怖と死の闇の前ではどんな慰めも傭兵や奴隷達の救いたりえず サイト『世界の民謡・童謡』による訳)を問題視したのです。全米有色人種地位向上協議会(NAACP)からの訴えもあり、人種差別に抗議するメッセージとしての決断でした。
 生徒の反応は様々。「式典で国歌が流れないことは言われるまで全く気づかなかった。そもそもそんなことを気にするのは年寄りだけでしょ」という声の一方、「この判断に至った経緯や思想は理解できるけど、でも国のために戦って命を落とした人たちを学校をあげて称えることの方がもっと大事だと思う」と、国歌を歌わないことに疑問を投げかける声もありました。(『THE CALIFORNIAN』2018年2月9日、『KTVU FOX2』2018年2月13日 筆者訳、まとめ)
 オーストラリアでも…
 同様のケースはオーストラリアでも。国歌『進め 美しのオーストラリア』を歌わなくなっているのです。なかには、歌詞が先住民族に対して攻撃的であると教わり、「オーストラリアは人種差別主義の国だ」と親に話した子供もいたといいます。こうした話が保護者から保守系のマーク・レイサム元議員に伝わり、議論を呼んだのです。
 レイサム氏は学校が国家の尊厳を正しく教えていないことに不満を漏らし、その理由としてオーストラリア首都特別地域(ACT)特有の事情が働いていると指摘しています。特別地域内の学校には独自に裁量権があり、教育内容が政府の意向に左右されないという背景があるのです。
 「オーストラリア国歌にはどこにも差別主義的な要素などない。国家の団結と尊厳がテーマであるべきだ。しかしながら、左翼的な思想の持ち主が運営する学校やACTの教育政策において、それらは重要視されない」(『Starts At 60』2018年4月1日 筆者訳、まとめ)
 レイサム氏はこう語り、国歌を拒否する学校に対してターンブル政権(当時)が資金を拠出してきたことに疑問を投げかけていました。
 大分県でのケースと異なるのは「理由が明示されている」こと
 このように、国歌をめぐってはいまも世界の各地で賛否両論があります。ただ、大分県のケースと違うのは、否定する側から何が問題であるのかがはっきりと明示されていることです。“私はこういう理由で国歌を拒否する”と言っている。
 それに対して、国歌を尊重すべきだと考えている人たちから反対意見が出てくる。カリフォルニアの高校生のコメントからも、そうした健全性がうかがえます。
 だから、ただお昼ごはんにふさわしくないとしか言わず、理由を説明しなかった先生や、それを認めてしまった中学校には問題があると思うのです。
 『君が代』への思想的な立場どうこうではなく、議論することすら許さない状況にしてしまったからです。
 “先生は本当にお昼ごはんにふさわしくないと思うから『君が代』はやめなさいと言ったんだろうか?”
 筆者が中学生なら、こう思うでしょう。
 文/石黒隆之
 【石黒隆之】
 音楽批評の他、スポーツ、エンタメ、政治について執筆。『新潮』『ユリイカ』等に音楽評論を寄稿。『Number』等でスポーツ取材の経験もあり。Twitter: @TakayukiIshigu4
 日刊SPA!
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 日本人の共産主義者無政府主義者の反天皇反民族反日本テロリストは。キリスト教朝鮮人テロリスト同様に昭和天皇と皇族を惨殺する為に付け狙っていった。
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 共産主義敗戦利得者の流れをくむリベラル左派マルクス主義者達は、学校とメディアに強い影響力を持っている。
 リベラル左派は、テロ容認派である。
 リベラル左派の極少数から成るコアはマルクス主義原理主義過激派で、32年テーゼを実現しようつぃてる反宗教無神論・反天皇反民族反日的日本人達である。
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 日本の歴史には3種類あって、1,日本民族の民話・伝承・寓話・宗教によるローカルな神話物語、2,アフリカを源流とする人類進化・文明発展史、3,記録が残る人間英雄伝説である。
 ローカルな神話物語とは、古事記日本書紀を正統根拠とする日本神話・民族中心神話・高天原神話・天孫降臨神話、つまり女性神天照大神最高神とする天皇神話である。
 それが、皇国史観であった。
 グローバルな人類文明史には、科学的経験的正当性はあっても宗教的合理的正統性はない。
 神話物語・人類文明史・人間英雄伝説の3つを均等に持つのは、民族としては日本民族琉球民族アイヌ民族だけで、国家としては日本国だけで、その歴史に正当性を裏書きしているのが正統な天皇の神格である。
 その意味で、日本は特殊で特別であるが、日本国と日本人が優れているとは無関係である。
 天皇は正史で日本を武力統一して日本建国宣言の詔を発していない為に、日本には建国年と建国記念日は存在しない。
 現代日本建国記念日は、天皇神話物語であって人類文明史・人間英雄伝説ではない。
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 デュルケーム「(宗教の役割の一つは)共同体を維持する装置」(『宗教生活の原初形態』)
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 天皇の正統性とは、最高神の女性神を神聖不可侵にして絶対不変の根拠とする、民族宗教、神話物語、血筋・血統の家世襲万世一系の男系父系天皇制度である。 
 天皇の正当性とは、イデオロギーで作成された憲法・法律を根拠とする、非民族神話、非崇拝宗教、非血筋・非血統の非家世襲万世一系を排除した女系母系天皇制度である。
 現代日本の国民世論の90%以上が、正統性の男系父系天皇制から正当性の女系母系天皇制度への制度変更を要求している。
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 日本民族が崇拝してきた八百万の神々が正統な神である事を保証しているのは、最高神・女性神の血筋・血統の家世襲万世一系の男系父系天皇の神性である。
 つまり、民族宗教、神話物語でる天皇神話である。
 近代の憲法や法律の宗教法人法が認定する神仏には、合憲・合法に基づいた正当性がっても、神性・神聖の正統性はない、つまり金儲けの為に作られたウソの神仏である。
 当然、非民族神話、非崇拝宗教、非血筋・非血統の非家世襲万世一系を排除した女系母系天皇には神仏を認め保証する神力はない。
 日本の八百万の神々は天皇家の祖先神である伊邪那岐命イザナギノミコト)と伊邪那岐命イザナミノミコト)から生まれた、それが天皇神話である。
 八百万の神々の正統な神性は、天皇神話は保証している。
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 現代の日本人は、昔の日本人・日本民族とは別人のような日本人である。
 戦後民主主義教育を受けた超エリート層の高学歴な知的エリートや進歩的インテリ、特にリベラル左派のマルクス主義者・共産主義者といわれる日本人の多くは民族的な歴史力・文化力・伝統力・宗教力が乏しいかない為に、日本民族の歴史・宗教・文化が嫌いである。
 現代の国際常識、世界正義は、男女平等、女性権利の向上、フェミニズムジェンダーで、正統性男系父系天皇制度は悪とされている。
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 日本の天皇制度は、閉じた王家として、即位する正統必須条件は、日本民族であり、民族宗教、神話物語で語られる最高神・女性神からの血筋を神聖不可侵の絶対根拠とする血筋・血統の家世襲万世一系の男系父系天皇家・皇室の家族・一族のみである。
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 日本は建国物語として、世界のいずれの国とも違い、特殊・特別で、1,神の民族神話、2,人類の文明発展・進化・進歩の物語、3,人間の英雄伝説の3つを持っている。
 神の宗教的民族神話とは、古事記日本書紀を正統根拠とする天皇神話、つまり天皇の祖先である女性神最高神として崇める高天原神話・天孫降臨神話・諸神話である。
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 神代の民族固有神話を持っている国家や国民は、古代の古層を受け継ぐ日本以外に存在しない。
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 日本民族は、数万年前の旧石器時代縄文時代から日本列島に住んでいた。
 天皇家・皇室は、数千年前の弥生時代古墳時代に、内戦や争いを避け平和と安定を取り戻し、幸せと豊かさを求めたムラ論理で、古代の有力豪族達による長老者会議において衆議の結果として「天皇下駄論」・「天皇人身御供説」・「天皇生け贄説」で作られた、責任を押し付けて逃げるという無責任な生存論理である。
 その神聖不可侵の裁可者・天皇という地位を護る為に考え出されたのが、「政治的無答責の君主」、つまり政治権力も宗教権威も持たない天皇の権威つまり「天皇の御威光」である。
 祖先と国と民族に対して重い責任を負うのは、益荒男・日本男児の責務であって、手弱女・大和撫子ではなかった。
 故に、日本天皇は、最高神の女性神による民族神話、神話宗教、血筋・血統の家世襲万世一系で受け継ぐ事で正統性を与えられていた。
 民族神話で正統と認められた宗教的万世一系の男系父系天皇制度とは、いつ終わるか分からない弥生の大乱に辟易とした古代日本民族が、争いを避け、起きた争いを短期間で終わらせ、偽りでもいいから平穏無事を維持する為の歴史的叡智である。
 つまり、白黒を、善悪を、正邪を、ハッキリ区別しない為の宗教的正統な万世一系の男系父系天皇制度であった。
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 天皇下駄論・天皇人身御供説・天皇生け贄説とは、日本民族にとって面倒な事や厄介な事を困った事を「否応もなく」天皇と皇族に引き取って貰う事である。
 つまり、押し付けられる損な役回り・貧乏くじを嫌だと言わず拒否せず無条件に「引き受けて貰っている」、「やって貰っていただいている」、という事である。
 それが、天皇の御威光、天皇の権威、天皇の御稜威・大御心である。
 日本民族天皇・皇族・皇室を護ったのは、「責任逃れをする為に犠牲を強要していた」からである。
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 歴史的事実として、天皇・皇族・皇室を戦争をして命を捨てても護ろうとした勤皇派・尊皇派・天皇主義者・攘夷論者とは、日本民族であり、学識と知識などの教養を持たない小人的な、身分・地位・家柄・階級・階層が低い、下級武士・野伏せり・悪党、身分低く貧しい庶民(百姓や町人)、差別された賤民(非人・穢多)、部落民(山の民{マタギ}・川の民・海の民)、異形の民(障害者、その他)、異能の民(修験者、山法師、祈祷師、巫女、相撲取り・力士、その他)、芸能の民(歌舞伎役者、旅芸人、瞽女、その他)、その他である。
 日本民族には、天皇への忠誠心を持つた帰化人は含まれるが、天皇への忠誠心を拒否する渡来人は含まれない。
 儒教の学識と知識などの教養を持つ、身分・地位・家柄の高い上級武士・中流武士や豪商・豪農などの富裕層・上流階級には、勤皇派・尊皇派・天皇主義者は極めて少なく、明治維新によって地位を剥奪され領地を没収された彼らは反天皇反政府活動に身を投じ自由民権運動に参加し、中にはより過激に無政府主義マルクス主義に染まっていった。
 江戸時代、庶民は周期的に伊勢神宮への御陰参りや都の御所巡りを行っていた。
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 現代の部落解放運動・同和解放運動が対象とする被差別部落民は、明治後期以降の人々で、それ以前の人々ではない。
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 同じ儒教価値観で卑賤視され差別される部落民や賤民(非人・穢多・散所{さんじょ}・河原乞食・他)とでは、何故・どういう理由で偏見をもって差別されるかが違う。
 マルクス主義共産主義階級闘争史観やキリスト教最後の審判価値観では、日本の部落民や賤民を解釈できないし説明できない。
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 徳川幕府は、目の見えない視力障害者・検校が行う高利貸しを保護していた。
 検校の中には、御家人株を買って子供を武士にし、上司や同輩に賄賂を贈っていた幕臣にしていた。
 百姓や町人も、金を使って武士の身分を手に入れ、才覚で町奉行勘定奉行などの役職について出世した。
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 数千年前の弥生時代古墳時代から、日本国・日本民族を1つにまとめている3つの力が存在している。
 1つ目が武力の政治権力、2つ目が経済力の宗教権威、3つ目が文化力=畏れの天皇の御威光・権威・御稜威・大御心であった。
 日本の歴史において、政治権力と宗教権威は人間の強欲・私欲・個人欲で栄枯盛衰を繰り返し目まぐるしく入れ替わっていたが、その中で文化力の天皇の御威光だけは変わらなかった。
 そんな文化力の天皇の御威光を滅ぼうと忍び寄ってきたのが、キリスト教の宗教とマルクス主義共産主義イデオロギーであった。
 そして、現代日本人は日本のグローバル化の為にローカルな日本の文化力をゴミのように捨てようとしている。
 反天皇反民族反文化的行動を行っている日本人の多くが高学歴な知的インテリや進歩的インテリ達である。
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 世界の王侯貴族は他国からの軍人征服者であったが、日本の天皇は民族の伝統・文化・宗教の権威者であり保護者であった。
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 戦後のマルクス主義者・共産主義者は、反宗教無神論・反天皇反民族反日本で日本人を洗脳すべくメデイア・学教教育・部落解放(同和解放)運動などへの支配を強めていった。
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