🕍2:─6・B─川口市のクルド人問題が紛糾!「外国人差別」と叫ぶ人が知らない暗黒史。~No.7 

    ・   ・   ・   
 関連ブログを6つ立ち上げる。プロフィールに情報。
   ・   ・   {東山道美濃国・百姓の次男・栗山正博}・  
 近い将来、確実に襲ってくる首都直下型大地震や南海・東海トラフ大地震で、関東大震災で起きたような日本人・朝鮮人・中国人惨殺事件が起きる危険度が増してきている。
   ・   ・   ・   
 2024年3月1日 YAHOO!JAPANニュース ダイヤモンド・オンライン「 埼玉・川口市クルド人問題が紛糾!「外国人差別」と叫ぶ人が知らない暗黒史
● 深刻化する「川口クルド人問題」は「ヘイト」なのか
 SNSでたびたび話題になっていた埼玉県川口市の「クルド人問題」が、ついに国会で取り上げられることになった。
 【画像】著者プロフィールを見る
 日本維新の会の高橋英明衆院議員が、国会質疑で「ちょっとひどい状況だ」「早急に一斉取り締まりを」などと発言したのである。
 ……と言われても、関東圏以外の方は「クルド?何それ?」というリアクションの方も多いと思うので、NHK首都圏ニュースの解説を引用させていただく。
 《埼玉県川口市で2023年7月、病院に100人近くの外国人が集結する騒動が発生しました。川口市ではトルコから来たクルド人のコミュニティーが拡大し、ゴミ出しのルールや生活習慣などの違いによる、住民との摩擦も目立っています》(NHK首都圏ナビ、2月2日)
 この問題がややこしいのは「摩擦どころではない」という住民もかなりいることだ。「敷地の駐車場を壊された」「深夜に大音量をかけた改造車が住宅街を暴走する」などの「被害」を訴える人もおり、21年10月にはこんな「悲劇」まで起きている。
 「19歳のクルド人少年がトラックで県道を暴走し、横断中の69歳男性をはねて死亡させ、逃走した。少年の所持品に運転免許証はなかったという。事件後、少年は出国しようとしたところを逮捕された」(産経新聞、23年7月30日)
 そこで、23年6月、川口市議会は「一部の外国人は、資材置き場周辺や住宅密集地などで暴走行為やあおり運転を繰り返し、窃盗や傷害などの犯罪も見過ごすことはできない」との取り締まり強化の意見書を可決した。
 同年9月には川口市も国に対して、「不法行為を行う外国人においては、法に基づき厳格に対処(強制送還等)していただきたい」という要望書を提出した。そこからだいぶタイムラグがあったものの、ここにきてようやく川口市の訴えが国会にまでたどり着いた――という流れだ。
 しかし、そんな高橋議員による国会質疑は「ヘイトスピーチ」だとボロカスに叩かれている。
 共同通信社は配信記事の中で、《「不確かな情報を基にした国会議員による外国人差別だ」と専門家も批判している》(2月27日)とバッサリ。SNSでも「議員を辞めろ」と辛辣な声が挙がっているほか、以下のように日本の「黒歴史」と重ねて警鐘を鳴らす人々もいる。
 「これでは関東大震災で流言飛語を広めた連中と同じじゃないか」
 ご存じのように、関東大震災下、多くの朝鮮人が虐殺されたが、その原因は「朝鮮人が井戸に毒を入れた」などの「デマ」が拡散されたから、とされている。今回の高橋議員や川口市・市議会の主張している「被害」というのもそれと同じく、クルド人迫害につなげるためにねつ造された「デマ」だというのだ。
 ただ、報道対策アドバイザーとして、実際に企業などを悩ます「悪質なデマ」の対策にも携わってきた経験から言わせていただくと、本当に関東大震災の悲劇を繰り返したくないのならば、川口市や市議会が要望している「一部外国人の不法行為への取り締まり強化」をすべきだ。
 「デマ」が、ヘイトクライムや集団暴力を引き起こす時、そこには必ず「恐怖」や「憎悪」が存在する。
 川口市からの訴えを国が無視して、一部外国人の不法行為を放置し続ければ、「外国人への恐怖や憎悪」はさらにふくれ上がる。そして、中には「国が守ってくれないなら、自分たちの身は自分で守るしかない」と過激な外国人排斥運動へ傾倒する者もあらわれる。
 つまり、「外国人ヘイト」のムードを醸成させないためにも、国が「不法行為をする一部の外国人を厳しく取り締まる」という毅然とした態度を見せて、市民の「不安」を払拭しておくべきなのだ。
● 朝鮮人虐殺はなぜ起きた?「恐怖」にあおられた庶民の暴走
 なぜそこまで市民のメンタルヘルスに気を遣うのかというと、「外国人ヘイト」は一部のレイシストが起こすものより、市民がパニックになって引き起こす方がはるかに悪質で残酷だからだ。
 関東大震災朝鮮人を日本刀や鎌やこん棒を手に虐殺してまわったのは、警察や憲兵など治安維持をする人たちではない。善良な一般市民たちが、自衛のために結成した「自警団」だ。
 そこでちょっと想像力を働かせて考えていただきたい。普段は暴力と無縁の生活を送っていた良き夫であり、良き息子のような人々が、「朝鮮人が火をつけた」「井戸に毒を入れた」といううわさを聞いたくらいで人を殺めることができるだろうか。
 最近、映画も公開されて話題になった「福田村事件」でも描かれているが、当時の「自警団」はすさまじく、各所で検問所をつくって、朝鮮人だと見るや、子どもでも妊婦でもお構いなしに殺している。命ごいをする一家まで殺して、勢い余って「しゃべれない」という理由だけで、日本人の聴覚障がい者にまで手をかけた。
 「デマにあおられた」だけで、同じ人間にここまで酷い仕打ちができるわけがない。
 では、一体何が善良な市民を暴徒にさせたのかというと、「恐怖」である。「不逞鮮人が怖くてパニックになって、自分や家族を守るために目に入るすべての朝鮮人を排除した」のである(※不逞鮮人=戦前の日本において、韓国併合後の日本政府に不満を持つ朝鮮出身者や、満洲朝鮮人反体制派、朝鮮独立運動家、犯罪者などをこのように呼んだ)。
 実はこの惨劇にはちゃんと伏線がある。「デマ」が流れるはるか前から、日本の善良な市民たちの間では、朝鮮人は「何をしでかすかわからないヤバい連中」というイメージが確立していたのだ。
● 「殺られる前にこっちから殺ってやる――」という集団パニック 
 要因のひとつが、震災の4年前、1919年に朝鮮全土で盛り上がった「三・一独立運動」だ。これによって、日本本土にも朝鮮人の活動家が多く入ってきたのだ。爆弾を隠し持っていたところを摘発されるなんて報道も増えていくなかで、朝鮮人のイメージも急速に悪化していく。それがうかがえる一節が、震災の前年に出版された、当時のベストセラー作家・加藤美侖氏の「刑法知識 罪なき人も油断すな」(朝香屋書店)の中にある。
 「例えば政府の転覆とか国土の潜窃などがその例だ。(中略)昔は年中内乱騒ぎがあつたことを歴史が教へるが、今日の聖代に於ては、まあ不逞鮮人でもなければそんな馬鹿をする者があるまい」(66ページ)
 この時期の一般庶民の間では、「不逞鮮人=国家転覆や国土の略奪を狙うテロリスト」という恐怖のイメージが定着していたのだ。
 もちろん、同時期の時局講演などを見ると、新聞などの「不逞鮮人」という呼び方は朝鮮人にとっては侮辱なので改めるべきだというような良識派の声もあった。しかし、現実には「良い朝鮮人」と「不逞鮮人」を見分けることなどできないということで、いつの間にやら「不逞鮮人」というテロリストイメージが「朝鮮人」全体にまで広がってしまう。外見的には日本人とほとんど違いがなく、言葉を発しないと朝鮮人だとわからないため、恐怖にさらなる拍車がかかった。
 つまり、1923年の日本には「日本人のふりをしている朝鮮人が、いつ爆弾などで攻撃を仕掛けてくるのか」と、内心ビクビクしながら日常生活を送っていた市民が山ほどいたのである。そんな時、関東大震災が起きて「放火をしている」「井戸に毒を」といううわさ話があちこちから聞こえたら、市民たちは恐怖でパニックに陥るだろう。
 しかし、いつまでも恐れていてもしょうがない。守るべき家族や大切な人がいるのだ。そうなると、彼らは家にある日本刀やこん棒、鎌などを手にとってこう思うはずだ。
 「殺られる前にこっちから殺ってやる――」
 つまり、平時は暴力などとは無縁の日本人たちが、何の罪もない朝鮮人たちを無慈悲に殺せたのは「デマのせい」というのは表面的な話にすぎないのだ。何年もかけてふくれ上がってきた朝鮮人に対する恐怖が、地震によって制御することができなくなって、「集団パニック」に陥ったからなのだ。
● 「恐怖」にいる住民の声を無視すると「ヘイト」につながる
 「そんなバカな」と思われるかもしれないが、人類の歴史を振り返ると、敵対する人々を大量虐殺するような時には、往々にしてこの「恐怖が引き起こす集団パニック」がある。
 わかりやすいのは、1994年のルワンダの大量虐殺だ。これはフツ族が隣人であるツチ族の人々を容赦なく殺したという悲劇だが、その引き金になったのは「恐怖」だ。
 フツ族である大統領が搭乗した飛行機が追撃された。それをラジオで聴いたフツ族の人々は「自分も襲われるか」と恐怖のどん底に落ちた。そんな時、ラジオからこんな言葉が聞こえてきた。
 「殺らなければ殺られる――」
 さて、こういう話を聞くと、なぜ筆者が埼玉県の「不法行為をする外国人」の取り締まりを強化すべきだと主張しているのか、理解していただけたのではないか。
 川口市川口市議の意見書のもとになったように、一部のクルド人の皆さんの振る舞いに「恐怖」を感じている住民がいることはまぎれもない事実だ。そのような人々の声を国が無視したところで、彼らの恐怖や不安は消えない。
 「外国人との共生社会」を掲げる人たちからすれば、「外国人差別をやめて受け入れればいいのだ」という事なのだろう。しかし、そう簡単に自分の考えを変えられない人たちが一定数いるというのも、この社会の「多様性」だ。
 では、川口市の訴えを無視して、取り締まり強化もせず、ただただ「共生」を呼びかけていたら、恐怖を感じている住民はどうなっていくのかというと、これまで以上に外国人を怖がる。
 当たり前だ。「怖い」と訴える人たちを力で抑えつけて「怖がるな!怖がる貴様がおかしい」とか説教をしたところで、態度を硬化させて事態を悪化させていくだけだろう。
 つまり、これまで不法行為をするクルド人だけに不安を感じていた人たちが、「クルド人を受け入れろ!」「このレイシストめ!」と攻撃されることで態度を硬化させて、何の問題も起こしていない「善良なクルド人」に対してまで恐怖や憎悪を抱いてしまうのである。
 ただ、それよりも最悪なのは、国がこの問題を放置し続けたら、「自分の身は自分で守るしかない」と考える人々が、「自警団」のようなものを組織してしまう恐れがあることだ。
● 「自警団」は暴走する。だから国が取り締まるべき
 関東大震災で悲劇の舞台装置となったことからもわかるように「自警団」が危ないのは、「外国人ヘイト」につながることだけでなく、「オレたちのルール」で人を裁くことにある。震災当時の資料を見ると、「朝鮮人はバレないように帽子を被るはずなので、お前のように帽子を被る奴は怪しい」と検問所で詰問されて、確証のないまま殺された人もいる。
 こういう「自警団の暴走」を防いで、善良な外国人の安全を守るためにも、国がしっかりとした方針を定めて、不法行為をする外国人を取り締まったり、難民申請中の人たちへの処遇もしっかり定めたりすべきだ。国外退去させられるわけでもなく、在留を認められるわけでもないという「宙ぶらりん」だから、正規の仕事もできず、外国人コミュニティの中で違法な仕事に従事せざるを得ないという外国人もたくさんいるのだ。
 「不逞鮮人」を取り締まることができず、結果として日本社会に「朝鮮人に対する恐怖」を広めてしまったように、一部の不法行為をする外国人をしっかりと取り締まることができないと、「外国人はすべて怪しい」という偏ったものの見方を広めてしまう。
 そういう「偏った正義」にもっとも弱いのが、善良な一般市民だ。
 今、SNSで相手を自殺に追い込むまで誹謗中傷するような人が「自分は社会のために正しいことをしている」と思い込んでいるように、震災時に朝鮮人を虐殺した自警団の多くは「自分は日本のために正しいことをした」と胸を張った、と記録にある。
 このような「市民による正義の暴走」を防ぐには、先回りをして国家が「正義」を示すしかない。国が外国人への取り締まりを強化する、と聞くと脊髄反射で「外国人ヘイトだ!」「差別だ!」と批判をする人が多いが、外国人への恐怖や偏見を軽減することで、「善良な外国人」の人権や安全を守ることができるというメリットもある。
 外国人だろうが日本人だろうが、不法行為は厳しく取り締まるということこそが、「外国人との共生社会」になるための第一歩なのではないか。
 (ノンフィクションライター 窪田順生)
   ・   ・   ・