☂28:─4─日本の新テロ時代。③暴力革命「使命」とおごり…赤軍派イデオロギーの呪縛。~No.103 

   ・   ・   ・   
 関連ブログを6つ立ち上げる。プロフィールに情報。
   ・   ・   {東山道美濃国・百姓の次男・栗山正博}・  
 現代日本には、反米、反天皇反民族反日、反政府・反国家・反体制、反秩序・反道徳、反文化、反宗教、反歴史のテロを礼讃・称賛する高学歴なエリート・インテリの日本人が存在する。
   ・   ・   ・   
 2023年11月5日 YAHOO!JAPANニュース 産経新聞「新テロ時代 恐怖拡散の系譜③暴力革命「使命」とおごり…赤軍派イデオロギーの呪縛
 20年の刑期を終えて出所した昨年5月、取材に応じる日本赤軍元最高幹部の重信房子(中央)=東京都昭島市
 イスラエルでは今から半世紀以上前にも、世界を震撼(しんかん)させるテロが起きている。
 【表でみる】テルアビブ空港乱射事件前後の動き
 1972(昭和47)年5月30日、テルアビブのロッド(現ベングリオン)国際空港で乗客ら約100人が殺傷された銃乱射事件。民間人を無差別に標的とするソフトターゲットのやり口は、まだ国際社会になじみのあるものではなかった。そして実行犯の3人は、なぜかいずれも日本人だった。
 奥平剛士(おくだいら・つよし)=当時(26)=は、新左翼の党派「共産主義者同盟(ブント)」から分かれた過激派・赤軍派のメンバー。安田安之=同(24)=とともに現場で死亡した。唯一生き残った岡本公三(75)がイスラエル当局に拘束された。
 空港襲撃は、反イスラエルの急進派「パレスチナ解放人民戦線(PFLP)」が計画、3人の日本人はPFLPに志願して加わった国際義勇兵という立場だった。
 赤軍派は海外に根拠地を作って軍事拠点とし、武装闘争による日本を含めた世界革命を目指す「国際根拠地論」を提唱していた。パレスチナを革命の根拠地にしようとしたのが後の日本赤軍最高幹部、重信房子(78)だった。
 日本の新左翼研究で著名な社会学者、パトリシア・スタインホフは72年、現地の刑務所で岡本へのインタビューを敢行している。
 著書『死へのイデオロギー』(岩波書店)によると、岡本はそこで赤軍派イデオロギーを強調し、革命後の社会について問われると「真の目標は、革命それ自体だ」「その先はわからない」と答えた。アラブとイスラエルの抗争の歴史については、岡本はほぼ何も知らなかったという。
 空港乱射事件の少し前、日本国内では日米安保条約の延長に反対する70年安保闘争を軸に、ベトナム反戦などの学生運動が全国に拡大。各地の学生グループが「ヘルメットとゲバ棒」のスタイルでデモに臨み、機動隊と衝突した。60年代の終わりには手製爆弾を用いた都市ゲリラやテロへとエスカレート、世論の支持は失われていった。
 党派(セクト)ごとの対立抗争(内ゲバ)も打ち続く中、より先鋭的な武装闘争路線を掲げ、69年9月に結成されたのが赤軍派だった。
 「当時の時代も、また周りの空気もラディカルに出発した以上、引き返すことができません。さらに、自惚(うぬぼ)れた使命感と自己正当化の道へと進みます」
 重信は当時の状況について今年上梓(じょうし)した『はたちの時代』(太田出版)にこう記した。過激化それ自体が目的となった赤軍派。70年3月、一部メンバーが日航機「よど号」をハイジャックして北朝鮮に渡ると、警察は幹部らの摘発に総力を挙げて臨んだ。追い詰められた赤軍派と別の党派が合流して71年に誕生した「連合赤軍」は、拠点としていた山岳アジトで同胞12人をリンチ死させ、粛清を逃れた残りのメンバーがあさま山荘籠城事件を起こした。
■「普通の若者」がテロリストに
 テルアビブ空港乱射事件の前年、日本でフィルム化された作品がある。『赤軍-PFLP・世界戦争宣言』。映画監督の故若松孝二足立正生(84)がパレスチナ解放のために戦うアラブゲリラの日常に迫ったプロパガンダだ。
 若松らは真っ赤に塗ったマイクロバスを仕立て全国の大学などで上映運動を展開した。このとき協力したのが当時鹿児島大生の岡本だった。
 「『必要悪』として大使館占拠とかハイジャックとか、それをやるのはパレスチナの革命の中ではいいが、日本の革命家の中では必要悪として成立しない」。四半世紀近く日本赤軍の中心メンバーとして活動した足立は取材にこう語った。
■なお「戦ってよかった」
 今になって重信が『はたちの時代』で懐かしむのは、サークル活動の延長線上のような、どこか牧歌的な学生運動の思い出だ。恐るべきはそんな重信が赤軍派からたもとを分かった日本赤軍で、「テロリストの女王」と呼ばれるほど国際テロを繰り返した、その事実との懸隔だ。
 日本赤軍がオランダ・ハーグの仏大使館を武装占拠した「ハーグ事件」(74年)で懲役20年が確定し、昨年出所した重信は「民間人を巻き添えにするような戦い」の過ちを認めつつも、なお「戦ってよかった」と書く。革命のイデオロギーにとらわれ、世界中を恐怖に陥れた半生にどこまで自覚的なのだろうか。
 スタインホフは先の著作で「普通の若者」である岡本や連合赤軍メンバーが起こした凄惨(せいさん)な事件の教訓をこうまとめた。自らの「目や耳や心」で捉えた事実よりイデオロギーに信を置くとき、悲劇は何度でも繰り返し起きるだろう-。(呼称・敬称略)
   ・   ・   ・   


 明治後期から日本には、無政府主義者共産主義者マルクス主義者やキリスト教原理主義者によるテロリストが蠢いていた。
 現代日本には、反天皇反民族反日と反米、反自由・民主主義を礼讃するテロリズムがメディアや教育の現場に潜んでいる。
 反天皇反民族反日テロリストを、戦前は大逆罪や治安維持法で弾圧し、戦後は破壊防止法で取り締まっている。
 伝統文化・民族神話否定の女系女性天皇擁立派の中に彼等が潜んでいる。
   ・   ・   ・   
 歴史的事実として、天皇・皇族・皇室を戦争をして命を捨てても護ろうとした勤皇派・尊皇派・天皇主義者・攘夷論者とは、日本民族であり、学識と知識などの教養を持たない小人的な、身分・地位・家柄・階級・階層が低い、下級武士・悪党・野伏せり、身分低く貧しい庶民(百姓や町人)、差別された賤民(非人・穢多)、部落民(山の民{マタギ}・川の民・海の民)、異形の民(障害者、その他)、異能の民(修験者、山法師、祈祷師、巫女、相撲取り・力士、その他)、芸能の民(歌舞伎役者、旅芸人、瞽女、その他)、その他である。
 日本民族には、天皇への忠誠心を持ち命を犠牲にして天皇を守ろうとした「帰化人」は含まれるが、天皇への忠誠心を拒否し自己益で天皇を殺そうとする「渡来人」は含まれない。
 儒教の学識と知識などの教養を持つ、身分・地位・家柄の高い上級武士・中流武士や豪商・豪農などの富裕層・上流階級には、勤皇派・尊皇派・天皇主義者は極めて少なく、明治維新によって地位を剥奪され領地を没収された彼らは反天皇反政府活動に身を投じ自由民権運動に参加し、中には過激な無政府主義マルクス主義に染まっていった。
 江戸時代、庶民は周期的に伊勢神宮への御陰参りや都の御所巡りを行っていた。
   ・   ・   ・   
 同じ儒教価値観で卑賤視され差別される部落民や賤民(非人・穢多・散所{さんじょ}・河原乞食・他)とでは、何故・どういう理由で偏見をもって差別されるかが違う。
 マルクス主義共産主義階級闘争史観やキリスト教最後の審判価値観では、日本の部落民や賤民を解釈できないし説明できない。
   ・   ・   ・   
 現代の部落解放運動・同和解放運動が対象とする被差別部落民は、明治後期以降の人々で、それ以前の人々ではない。
   ・   ・   ・   
 戦後のマルクス主義者・共産主義者は敗戦利得者となって、反宗教無神論・反天皇反民族反日本で日本人を洗脳し、民族主義天皇主義を日本から消滅させるべくメディア・学教教育・部落解放(同和解放)運動などへの支配を強めていった。
   ・   ・   ・   
 少数の高学歴出身の裕福資産家・AI強者 vs. 多数の低学歴出身の貧困労働者・AI弱者。
   ・   ・   ・